がけ条例擁壁費用の相場と不動産業者の重要な対応

がけ条例と擁壁費用

検査済証のない擁壁は建築確認が下りません。

この記事の要点
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擁壁工事の費用相場

1平米あたり10万円〜30万円が目安。高さ3m×幅10mなら300万円〜900万円の費用が発生する可能性

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説明義務違反のリスク

がけ条例の説明を怠ると2000万円超の損害賠償責任が発生した判例あり。仲介業者の責任は重大

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検査済証の重要性

検査済証のない既存擁壁では建て替え時に建築確認が下りず、全面改修が必要になるケースが多発

がけ条例の基準と擁壁設置の必要性

不動産取引において、がけ条例は顧客トラブルの大きな火種となる重要な規制です。多くの自治体では、高さ2メートル以上かつ傾斜30度を超える斜面を「がけ」と定義しています。この基準を超える土地では、建築物の安全性を確保するために擁壁の設置や建築位置の制限が課されます。

がけ条例の適用範囲は自治体によって異なります。一般的には、がけの高さの1.5倍から2倍の範囲内に建築制限がかかるケースが多いです。例えば、高さ4メートルのがけがある場合、がけの上端または下端から6メートルから8メートル以上離れた位置にしか建物を建てられません。

東京都建築安全条例第6条では「高さ2メートルを超えるがけの下端から、がけの高さの2倍以内に建物を建築する場合には、高さ2メートルを超える擁壁を設けなければならない」と明確に規定されています。

この条文が実務では非常に重要です。

不動産業者として注意すべきは、擁壁の高さではなく、敷地と隣接地(道路を含む)の高低差で判断される点です。既に擁壁が設置されていても、その擁壁の高さが2メートル未満であれば、高低差が2メートル以上ある場合はがけ条例の対象となります。

これは多くの顧客が誤解している点です。

擁壁工事費用の詳細な内訳と相場

擁壁工事の費用は、構造・高さ・長さ・地盤条件によって大きく変動します。2026年現在の費用相場を正確に把握しておくことは、顧客への適切な情報提供に不可欠です。

鉄筋コンクリート擁壁の場合、1平米あたり10万円から30万円が一般的な相場です。ただしこれは擁壁本体の築造費用であり、実際には以下の追加費用が発生します。

📌 擁壁工事の主な費用項目

  • 既存擁壁の解体費用:1平米あたり5,000円〜35,000円
  • 土の掘削・運搬費用:1立米あたり10,000円〜30,000円
  • 地盤調査費用:50,000円〜150,000円
  • 設計・構造計算費用:300,000円〜1,000,000円
  • 建築確認申請費用:100,000円〜300,000円
  • 完了検査費用:50,000円〜150,000円

具体的な計算例を示します。高さ3メートル、幅10メートルの擁壁を新設する場合、面積は30平米となります。1平米あたり15万円として計算すると、擁壁本体だけで450万円です。ここに解体費用や諸経費を加えると、総額600万円から800万円程度になります。

さらに重要なのは、二段擁壁や検査済証のない擁壁がある場合です。これらは建築基準法に適合していない可能性が高く、建て替え時に全面的な改修が必要となります。改修費用は新設よりも高額になることが多く、1,000万円を超えるケースも珍しくありません。

地盤が軟弱な場合は、地盤改良工事が追加で必要です。地盤改良費用は1平米あたり10,000円から30,000円程度で、30坪程度の住宅用地であれば300万円から500万円の追加費用が発生します。

アクセス道路が狭い場合は、重機の搬入費用や残土の運搬費用が割増になります。特に都市部の狭小地では、通常の1.5倍から2倍の費用がかかることもあります。工期も通常より長くなり、3ヶ月から1年以上かかるケースもあるため、顧客へのスケジュール説明も重要です。

検査済証のない擁壁がもたらす深刻なリスク

検査済証は、擁壁が建築基準法や自治体の条例に適合していることを証明する最も重要な書類です。高さ2メートルを超える擁壁を築造する場合、建築基準法第88条により工作物の確認申請が必要となり、完了検査を受けて検査済証の交付を受けなければなりません。

しかし実務では、検査済証のない擁壁が非常に多く存在します。特に建築基準法が制定される1950年以前や、法改正前の1970年代までに築造された擁壁は、現在の基準に適合していない可能性が高いです。

検査済証がない擁壁は、建築確認申請の際に大きな障害となります。多くの自治体では、検査済証のない擁壁は「存在しないもの」とみなされ、新たに擁壁を設置するか、既存擁壁の安全性を証明する必要があります。

これが実務上の大きな問題です。

安全性を証明するには、建築士による構造調査と安全性の確認が必要です。調査費用だけで数十万円かかり、調査の結果、構造上の問題が発見されれば補強工事や全面改修が必要になります。補強工事で済む場合は数百万円、全面改修となれば1,000万円以上の費用がかかります。

東京都渋谷区の通達では「鉄筋コンクリート造の擁壁であっても、検査済証のないものは同様の扱いを受ける」と明記されています。つまり、見た目が立派な擁壁でも、検査済証がなければ法的には信頼できないということです。

不動産業者として特に注意すべきは、重要事項説明での取り扱いです。検査済証の有無は必ず確認し、ない場合はその旨を明確に説明する必要があります。説明を怠ると、後述する損害賠償責任を問われることになります。

がけ条例に関する不動産業者の説明義務と損害賠償リスク

不動産仲介業者には、がけ条例に関する説明義務があります。この義務を怠ると、極めて高額な損害賠償責任を負うリスクがあることを認識しなければなりません。

東京地裁平成28年11月18日判決では、がけ条例違反の説明を怠った仲介業者に対し、擁壁設置費用相当額2,082万円余の損害賠償責任が認められました。この判例は不動産業界に大きな衝撃を与えています。

同判決では「仲介業者は、がけ条例に違反していることを説明すべきであったのにこれを説明しなかった説明義務違反がある」と明確に述べられています。つまり、知らなかったでは済まされないということです。

別の判例では、仲介業者に1,100万円の損害賠償が命じられたケースもあります。これらの判例から、裁判所はがけ条例の説明義務を非常に重く見ていることが分かります。

説明義務の範囲は広範です。単に「がけ条例がある」と伝えるだけでは不十分で、以下の点まで具体的に説明する必要があります。

⚠️ 説明すべき重要事項

  • がけ条例の具体的な内容と建築制限の範囲
  • 擁壁の設置が必要な場合はその旨と概算費用
  • 既存擁壁の検査済証の有無とリスク
  • 建築可能な範囲が限定されること
  • 将来の建て替え時にも同様の制限がかかること
  • 擁壁工事に要する期間(数ヶ月から1年以上)

特に注意が必要なのは、売主が宅建業者である場合です。東京地裁の別の判決では、売主業者と仲介業者の両方に説明義務違反が認定され、建物追加工事費用633万円全額のほか、慰謝料150万円や弁護士費用の一部について連帯責任が認められました。

買主の過失相殺が認められるケースもありますが、それでも仲介業者の責任は免れません。ある判例では買主の過失が6割認定されましたが、それでも残り4割について仲介業者が賠償責任を負いました。

実務上の対策としては、がけの可能性がある土地については、必ず自治体の建築指導課で事前相談を行うことです。現地調査で高低差を実測し、傾斜角度を確認します。擁壁がある場合は、検査済証の有無を必ず確認し、所有者または自治体の台帳で記録を調べます。

これらの調査結果は、すべて書面で記録し、重要事項説明書に明記します。口頭での説明だけでは証拠が残らないため、必ず書面で交付することが重要です。

擁壁工事の補助金制度と活用方法

擁壁工事の高額な費用負担を軽減するため、多くの自治体で補助金制度が設けられています。不動産業者として顧客にこの情報を提供できることは、大きな付加価値となります。

横浜市の「崖地防災対策工事助成」は、建築基準法等の手続きが必要な擁壁工事などを対象に、工事費の3分の1、上限400万円まで助成します。算定は3分の1と単価計算のいずれか低い方が適用されるため、実際の助成額は工事内容によって変わります。

東京都世田谷区では、工事費の3分の1、上限300万円の助成制度があります。東京都港区では「がけ・擁壁改修工事費用助成」として、同様の支援を行っています。

補助金の対象となる工事は主に以下のものです。

💡 補助対象工事の例

  • がけ崩れ防止のための擁壁の新設
  • 老朽化した擁壁の改修・建て替え
  • 二段擁壁の解消工事
  • 排水設備の整備
  • 安全性調査のための地盤調査

補助金の申請には、工事着手前の申請が必須です。工事を開始してしまうと補助対象外となるため、顧客への情報提供は早期に行う必要があります。申請から承認まで1ヶ月から2ヶ月程度かかることも説明しておきましょう。

申請に必要な書類は、工事見積書、設計図書、現況写真、登記事項証明書などです。自治体によって要件が異なるため、必ず事前に確認します。

補助金の存在を知らせるだけで、顧客の購入判断が変わることもあります。ただし、補助金には予算枠があり、年度途中で受付終了となるケースもあるため、その点も含めて正確に伝えることが大切です。

一般社団法人日本擁壁保証協会のウェブサイトでは、全国の自治体の補助金情報がまとめられています。

日本擁壁保証協会|擁壁補修工事に関する補助金・助成金等一覧

このようなリソースを活用し、顧客に適切な情報提供を行うことで、信頼される不動産業者としての評価を高めることができます。

がけ条例対応の実務チェックリストと調査手順

がけ条例に関するトラブルを未然に防ぐためには、系統的な調査と確認が不可欠です。実務で使える具体的なチェックリストと調査手順を解説します。

まず物件の第一印象で高低差を感じたら、がけ条例の可能性を疑います。平坦に見える土地でも、道路との関係で高低差が生じている場合があるため、油断は禁物です。

現地調査では、メジャーと傾斜計を持参し、実測を行います。高低差が2メートル前後の微妙なラインの場合は、必ず正確に測定します。傾斜角度も重要で、30度は約58%の勾配に相当します。簡易的には「高さ÷水平距離×100」で勾配を計算できます。

既存の擁壁がある場合は、以下の点を詳細に確認します。

🔍 擁壁の現地確認ポイント

  • 擁壁の材質(鉄筋コンクリート、ブロック、石積みなど)
  • 目視でのひび割れ、傾き、膨らみの有無
  • 水抜き穴の有無と機能状態
  • 擁壁前面の排水設備の状態
  • 擁壁上部の土砂の状況
  • 擁壁の高さと延長の実測値
  • 二段擁壁や増し積みの有無

写真撮影は必須です。全景、部分的な劣化箇所、水抜き穴、擁壁の端部など、多角的に記録します。これらの写真は重要事項説明時の資料となり、将来のトラブル防止にも役立ちます。

役所調査では、建築指導課で以下の項目を確認します。自治体によってがけ条例の基準が異なるため、条例の正確な内容を把握します。具体的には、がけの定義(高さと傾斜角度)、離隔距離の基準(高さの1.5倍か2倍か)、緩和規定の有無などです。

擁壁の検査済証の有無は、自治体の建築確認台帳で確認できます。工作物確認済証と検査済証の両方が交付されているか、番号と日付を控えます。台帳に記録がない場合は、所有者に書類の有無を確認しますが、多くの場合は紛失しているか、そもそも確認申請がされていません。

ハザードマップの確認も重要です。土砂災害警戒区域(イエローゾーン)や土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に指定されている場合、がけ条例とは別に厳しい建築制限がかかります。レッドゾーンでは特定の建築物が建築できない場合もあり、これは取引の可否に直結します。

国土交通省のハザードマップポータルサイトで全国の情報が確認できます。

国土交通省ハザードマップポータルサイト

調査結果は、チェックリスト形式で整理します。がけの高さ、傾斜角度、擁壁の有無、検査済証の有無、ハザードマップの指定状況、建築制限の内容、必要な対策と概算費用などを一覧にまとめます。この資料を重要事項説明書に添付することで、説明の漏れを防ぎます。

顧客への説明時には、図面を使った視覚的な説明が効果的です。敷地のどの部分に建築制限がかかるのか、色分けした図面で示すと理解しやすくなります。概算費用も幅を持たせて伝え、詳細は専門業者の見積もりが必要であることを明確にします。

契約書には、がけ条例による制限と必要な対策について、買主が理解したことを確認する条項を入れることを推奨します。特に、将来の建て替え時にも同様の制限がかかること、擁壁の維持管理責任が所有者にあることを明記します。

これにより後のトラブルを防げます。