立退料の基礎知識と計算方法
不動産業者が「立退料は賃料の6ヶ月分」と説明すると懲役刑になる
立退料の相場は賃料の何ヶ月分という基準はない
不動産業界では「立退料は賃料の6ヶ月分から1年分が相場」という表現を耳にすることがよくあります。しかし、これは法的根拠のない目安に過ぎません。裁判所では、このような賃料月数による相場は採用されていないのです。
立退料は、あくまで話し合いで決める金額です。賃料の何ヶ月分という計算方法で合意するのは自由ですが、裁判になった場合には通用しません。実際の算定では、賃借人に発生する経済的損失を基礎として、個別の事情を考慮して決定されます。
居住用物件の場合、引越費用・仲介手数料・礼金などを積み上げると、結果的に賃料の6ヶ月分程度になることもあります。
ただし、それはあくまで結果論です。
店舗やテナントの場合は、営業補償や内装費用が加わるため、賃料の2年分から3年分、あるいはそれ以上になることも珍しくありません。
つまり、賃料月数による相場は存在しないということです。
弁護士による立退料の算定方法の詳細解説があります。賃料月数による相場が裁判所で採用されない理由が明確に説明されています。
立退料の計算は借家権割合方式では決まらない
不動産鑑定や相続税の計算では「借家権割合方式」という算定方法が存在します。これは、土地価格に借地権割合(60~70%)を掛け、さらに借家権割合(30%)を掛けて計算する方法です。土地価格が高い地域では、この方式で計算すると数千万円という高額な立退料が算出されることもあります。
しかし、裁判所はこの方式をそのまま採用しません。バブル期にはこの算定方式が重視された時期もありましたが、現在では参考程度にしか扱われていません。特に居住用物件では、この方式による算定額がほとんど考慮されないケースが大半です。
裁判所が重視するのは、賃借人に実際に発生する経済的損失です。引越費用、移転先確保費用、内装工事費、休業補償、営業補償などを積み上げて算定します。借家権割合方式で高額な立退料が取れると期待すると、大きく失敗します。
不動産業者が仲介や管理を行う際に、この借家権割合方式を根拠として立退料を説明することは避けるべきです。賃貸人にも賃借人にも誤った期待を与えてしまい、後々トラブルになるリスクがあります。
立退料は用途によって金額が大きく異なる
賃料が同じでも、物件の用途によって立退料は大きく変わります。これは、物件から立ち退くことで賃借人に発生する経済的損失が、用途によって全く異なるためです。
居住用物件の場合、引越費用と移転先確保費用(仲介手数料・礼金)が主な経済的損失です。特別な事情がなければ、移転先も比較的容易に見つかります。そのため、立退料は数十万円から100万円程度になることが多いでしょう。
事務所用途の場合、居住用よりは内装や設備が多くなりますが、移転できない設備が少なければ、移転費用と移転先確保費用で済みます。休業期間も2ヶ月程度で足りる場合が多く、立退料は居住用よりやや高い程度です。
店舗・飲食店用途になると、立退料は大幅に上がります。移転できない内装設備の再設置費用、休業期間中の補償、営業補償(得意客喪失による売上減少の補償)などが加わるためです。特に飲食店では内装工事費が高額になり、休業期間も6ヶ月程度が普通です。営業補償まで含めると、立退料は賃料の2年分から3年分、場合によっては数千万円に達することもあります。
コンビニやドラッグストアなどチェーン店の場合、立退料は7000万円から1億5000万円、診療所や歯科医院では1億円から2億円という判例も存在します。
結論は、用途で金額は全く違うということです。
立退料の正当事由との関係と補完機能
立退料は、法律上「正当事由を補完するもの」と位置づけられています。借地借家法28条では、賃貸人が契約更新を拒絶するためには正当事由が必要とされ、その判断要素の一つとして「財産上の給付」すなわち立退料の提示が挙げられています。
正当事由の判断では、賃貸人・賃借人それぞれが建物を使用する必要性、建物の利用状況、建物の現況などが考慮されます。賃貸人側に建物の建て替え計画があっても、それだけでは正当事由として不十分な場合が多く、立退料の提示によって正当事由を補完する必要があります。
ただし、立退料を提示すれば必ず正当事由が認められるわけではありません。賃貸人側に建物使用の必要性がほとんどなく、単に利益目的で建て替えたいだけの場合、いくら高額な立退料を提示しても正当事由は認められないことがあります。逆に、建物が老朽化して倒壊の危険がある場合や、賃借人側に重大な契約違反がある場合には、立退料なしでも正当事由が認められることがあります。
裁判例では、賃貸人側にある程度の正当事由があることを前提に、賃借人に発生する経済的損失を適正に補償する立退料額を算定しています。賃借人の経済的損失を全額補償すれば、正当事由が認められるという構造になっているのです。
重要なのは、賃借人が物件を生活や営業の基盤としている点です。賃貸人都合で立ち退きを求める以上、賃借人が移転後も同じように生活・営業できるための費用を補償する必要があります。
これが立退料の本質です。
立退料計算の実務:公共用地補償基準の活用
裁判で立退料を算定する際、実務では「公共用地の取得に伴う損失補償基準」を参考にします。これは、国や自治体が公共事業のために土地や建物を取得する際の補償基準ですが、民間の立退料算定でも広く用いられています。
公共用地補償基準では、移転に伴う経済的損失を細かく項目分けして算定します。具体的には、動産移転費、借家人補償(移転先確保費用)、営業補償、休業補償、内装・造作の移転費または再設置費などです。
不動産鑑定士は、この基準に基づいて立退料を算定し、意見書を作成します。裁判所は、この意見書を重要な判断材料として扱います。ただし、鑑定士の意見がそのまま採用されるわけではなく、個別事情を考慮して調整されることもあります。
飲食店の場合を例にすると、まず移転先確保費用(仲介手数料・礼金)が計算されます。
次に、内装工事費が大きな項目になります。
厨房設備、客席、カウンター、防音設備など、移転できない内装の再設置費用は数百万円から数千万円に達することもあります。
休業補償では、移転先を探す期間、内装工事期間、実際の移転期間の合計で休業期間を設定します。
飲食店では6ヶ月程度が一般的です。
この期間の利益損失、固定費(従業員給与、動産保管費など)が補償されます。
営業補償は、移転によって得意客が離れ、売上が減少する損失を補償するものです。売上が元に戻るまでの期間(通常2~3年)の利益減少額を計算します。ただし、材料費など変動費は売上減少に応じて減るため、その分は控除されます。
これらを積み上げると高額になります。

