敷金返ってくるいつ
退去立会いの翌日に敷金返還を請求されても断れます
敷金の返還時期は明渡し完了が条件
敷金の返還請求権が発生するのは、賃貸借契約が終了し、かつ物件の明渡しが完了した時点です。これは民法第622条の2で明確に規定されています。つまり、解約の申し出をした時点でも、退去日を迎えた時点でもなく、鍵を返却して賃貸人が物件の状態を確認し、明渡しが完了したと認められた時に初めて返還義務が生じるということです。
実務上は、退去立会いの際に部屋の状態を確認し、その後に原状回復費用の見積もりを作成する流れになります。この見積もり作成と確認に時間がかかるため、一般的には退去後1か月以内、遅くても2か月以内に返還されるケースが多くなっています。契約書に返還時期が明記されている場合は、その期限に従うことになります。
明け渡し前に「すぐに返してほしい」と要求されても、原状回復費用が確定していない段階では応じる義務はありません。賃貸人側の債務が確定するまでは、敷金返還義務と建物明渡義務は同時履行の関係に立たないとされています。賃借人の債務を確定させた時点で、その債務を差し引いた額を速やかに返還する必要があります。
オフィスや店舗などの事業用物件の場合は、原状回復工事の規模が大きくなりやすいため、返還時期が住宅よりも遅くなる傾向があります。契約終了後3~6か月後になることも珍しくありません。賃貸借契約書で返還時期を具体的に定めておくことで、トラブルを防ぐことができます。
敷金返還額の計算方法と控除項目
敷金返還額の計算式は「預かった敷金 − 未払賃料 − 原状回復費用(賃借人負担分)= 返還額」となります。預かった敷金が家賃2か月分の20万円、未払賃料がゼロ、原状回復費用が5万円だった場合、返還される金額は15万円です。
原状回復費用として控除できるのは、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧する費用のみです。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、経年劣化や通常損耗は賃料に含まれるものとされており、賃借人に負担させることはできません。つまり、日焼けによる壁紙の変色や、家具の設置跡などは控除対象にならないということです。
控除できる項目と控除できない項目を明確に区別することが重要です。控除できる項目の例としては、タバコのヤニによる壁紙の変色、ペットによる柱の傷、引っ越し作業でつけた床の傷などがあります。控除できない項目には、壁紙の自然な変色、畳の日焼け、家電の裏の壁の黒ずみ、冷蔵庫下の床のへこみなどが含まれます。
経過年数による減価償却も考慮する必要があります。例えば壁紙の耐用年数は6年とされており、入居から6年以上経過している場合、壁紙の張替え費用は原則として賃借人に請求できません。入居3年であれば残存価値は50%程度になり、賃借人負担は費用の半分程度になります。この計算方法を理解していないと、過大な請求として紛争に発展するリスクがあります。
国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、具体的な事例ごとに賃貸人・賃借人の負担区分が示されています。原状回復費用の算定で迷った際の参考になります。
敷金返還が遅れる原因とリスク
敷金返還が遅れる主な原因は、原状回復工事の遅延や費用の見積もりに関する協議の長期化です。特に、原状回復の範囲について賃貸人と賃借人の認識に大きな差がある場合や、工事内容に争いがある場合は、返還までの期間が大幅に延びることがあります。複数の業者から相見積もりを取る過程で時間がかかるケースもあります。
管理会社の業務体制も影響します。退去が集中する繁忙期には処理が遅れがちで、担当者の不在や引継ぎミスによって連絡が滞ることもあります。オーナーへの報告と承認を待つ間に時間がかかり、結果として返還が遅れるパターンも見られます。
返還が過度に遅れると、賃借人から遅延損害金を請求されるリスクがあります。民事法定利率は年3%(2024年4月1日以降)ですが、契約書で別途定めがある場合はその利率が適用されます。例えば敷金20万円の返還が6か月遅れた場合、遅延損害金は約3,000円となります。金額は小さくても、賃借人の不信感を招き、訴訟に発展する可能性があります。
さらに深刻なのは、少額訴訟や通常訴訟を起こされるケースです。少額訴訟は60万円以下の金銭請求に利用でき、原則1回の審理で判決が出ます。賃借人側の勝訴率は8~9割と高く、敗訴すれば訴訟費用も負担することになります。正当な理由なく返還を遅らせることは、経済的損失と信用低下の両面でリスクが大きいのです。
敷金トラブルを防ぐ契約書の作り方
トラブルを防ぐには、契約書に敷金の返還時期を具体的に明記することが最も効果的です。「退去後30日以内に返還する」「原状回復費用の確定後、速やかに返還する」など、できるだけ明確な表現を使います。曖昧な表現では、賃借人側が「すぐに返すべきだ」と主張する根拠になってしまいます。
原状回復の負担範囲も詳細に定めておく必要があります。国土交通省のガイドラインでは通常損耗は賃貸人負担が原則ですが、特約によって賃借人負担とすることも可能です。ただし、特約が有効となるには「特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること」「賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること」「賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること」という3要件を満たす必要があります。
入居時の現況確認も不可欠です。賃貸借契約締結時に、写真付きの現況確認書を作成し、既存の傷や汚れを記録しておきます。この記録がないと、退去時に「この傷は入居前からあった」「いや、入居後についたものだ」という水掛け論になりやすいのです。チェックリストと写真を組み合わせた記録を残すことで、証拠能力が高まります。
重要事項説明の際に、敷金の性質や原状回復の原則を丁寧に説明することも重要です。「敷金は預り金であり、原則として返還されるもの」「通常損耗は賃料に含まれており、賃借人負担にはならない」「特約がある場合はその内容」といった基本事項を、口頭と書面の両方で伝えます。賃借人が理解し納得したうえで契約を結ぶことが、トラブル防止の大前提です。
敷金返還請求を受けた場合の実務対応
賃借人から敷金返還請求を受けた際は、まず契約書の返還時期に関する条項を確認します。契約書で定めた期限内であれば、その期限までに対応すれば問題ありません。期限が明記されていない場合でも、民法上は「遅滞なく」返還すればよく、通常は1~2か月以内が目安とされています。
原状回復費用の見積もりを速やかに作成し、賃借人に提示することが次のステップです。見積書には、修繕箇所ごとに「損傷の状況」「修繕内容」「単価」「数量」「合計金額」「賃借人負担の根拠」を明記します。写真を添付すると、賃借人の理解が得やすくなります。国土交通省ガイドラインに基づいて負担区分を判断していることを示すと、説得力が増します。
賃借人が見積内容に納得しない場合は、丁寧に説明を重ねます。電話だけでなく、書面やメールで記録に残る形でやり取りすることが望ましいです。どうしても合意に至らない場合は、双方が納得できる折衷案を探ります。例えば、争いのある項目を一部減額する、分割返還を提案するなどの方法があります。
それでも解決しない場合は、消費者センターや不動産適正取引推進機構などの第三者機関を活用する方法もあります。調停や斡旋を通じて、中立的な立場から解決策を探ってもらえます。少額訴訟や通常訴訟に発展する前に、話し合いでの解決を目指すことが、時間的にも経済的にもメリットが大きいのです。
法的手続きに発展した場合に備えて、契約書・重要事項説明書・現況確認書・写真・見積書・やり取りの記録などの証拠をすべて保管しておきます。これらの書類が整っていれば、裁判や調停でも有利に進められます。日頃から書類管理を徹底し、トラブルが起きても迅速に対応できる体制を整えておくことが、不動産業従事者としての専門性の証明になります。

