抵当権順位の譲渡・放棄を不動産業務で活用する実務知識
抵当権の順位を「譲渡した」はずなのに、間に挟まった別の抵当権者の取り分は1円も変わりません。
抵当権順位の譲渡とは何か:基本の仕組みと配当計算
抵当権の順位の譲渡とは、先順位の抵当権者が後順位の抵当権者に対して、自分の「優先弁済権の順番」を譲り渡すことです。 競売による売却代金が限られている場面では、誰が先に配当を受けられるかが損益の分かれ目になります。
参考)https://ameblo.jp/micrayh8856/entry-12887739421.html
具体的な数字で見てみましょう。たとえば競売で4,000万円の売却代金があり、1番抵当権者Aの債権額が1,500万円、3番抵当権者Cの債権額が2,000万円とします。 順位譲渡がなければAが1,500万円、Cが0円ですが、AがCに順位譲渡するとCが最大2,000万円(AとCの合算枠)から先に受け取り、残りをAが受け取る構造になります。つまりCが優先弁済を受けられるということですね。
参考)抵当権の順位の譲渡/放棄,抵当権の順位の変更,法律用語集
ここで見落としやすいのが、「間に挟まれた2番抵当権者Bの配当額は一切変わらない」という点です。 順位譲渡はあくまで「譲渡した者(A)」と「譲受した者(C)」という2当事者間の関係のみを変更するものであり、Bには何も影響を与えません。これが基本原則です。
参考)抵当権の順位の譲渡・放棄
実務上、金融機関同士が融資の条件調整をする際に活用されることが多い制度です。後順位の金融機関が「うちの債権をまず回収させてほしい」と交渉し、先順位の金融機関が譲歩する形で順位を譲渡するケースがあります。不動産業者としては、この配当構造を正確に把握できていないと、顧客への説明や担保設定の交渉に支障をきたします。
抵当権順位の放棄との違い:按分計算のポイント
順位の放棄は、順位の譲渡と混同されやすい制度です。明確に異なります。
「放棄」とは先順位の抵当権者が自らの優先順位を放棄して、後順位の抵当権者と「同一の優先弁済の立場」に立つことをいいます。 譲渡との違いは、放棄では後順位者が「先に全額受け取る」わけではなく、双方が債権額の割合に応じて按分(比例配分)する点にあります。
按分の計算例を確認しましょう。1番抵当権者A(債権額1,000万円)が3番抵当権者C(債権額3,000万円)に対し順位放棄した場合、AとCの合算枠4,000万円の中で、Aが1/4、Cが3/4の割合で配当を受けることになります。 つまり按分比率は「AとCの債権額の比率」が条件です。これは覚えておけばOKです。
参考)抵当権のみの順位譲渡・順位放棄 イラスト付きでわかりやすく解…
一方、順位譲渡であればCが「まず先に」配当を受け、その残りをAが受けとります。 同じ「合算枠」を使う計算ですが、配当の受け取り順序が全く異なるため、同じ数字を代入しても結果が変わります。不動産業者が競売後の配当を試算する際、譲渡と放棄を逆に使うと、クライアントに対して数百万円単位の誤った情報を提供する可能性があります。厳しいところですね。
また、どちらの制度も「後順位の担保権者」が相手方である点が重要です。 無担保の一般債権者に対して行う「抵当権の譲渡・放棄」とは相手方の属性が異なり、登記申請書の書式も別です。この区別を登記実務で間違えないよう注意が必要です。
参考)https://www.komazawa-u.ac.jp/research/files/2015fudosan17.pdf
抵当権順位の譲渡・放棄の登記手続きと費用
抵当権の処分は、第三者への対抗要件として登記が必要になります。 当事者間の合意だけでは第三者に効力を主張できません。これは実務上の落とし穴になりやすい部分です。
登記の目的の記載例は「1番抵当権の2番抵当権への順位譲渡(または順位放棄)」です。 登記権利者は順位の譲渡・放棄を受ける後順位の抵当権者、登記義務者は先順位の抵当権者として共同申請を行います。
🔑 登記申請時の主な確認事項。
- 登記の目的:「〇番抵当権の〇番抵当権への順位譲渡(または順位放棄)」
- 原因:「年月日順位譲渡(または順位放棄)」
- 登録免許税:付記登記として不動産1個につき1,000円
- 申請方式:登記権利者と登記義務者の共同申請
- 複数物件の共同担保でも1件の申請が可能なケースあり
登録免許税が不動産1個につき1,000円というのは、主登記型の順位変更登記(不動産の個数×担保権の個数×1,000円)と比べて安価です。 ただし「数字が安いから手続きが簡単」とは限らず、添付情報の漏れが原因で登記が却下されるケースもあります。登記申請書の精査は不動産業者として必須の確認作業です。
また、複数の第三者間で優先順位が問題になる場面では、付記登記の先後によって優先関係が決まります。 同日に複数の申請がある場合は受付番号の順序が影響するため、タイミングに注意が必要です。
順位変更との違い:不動産業者が混同しやすいポイント
「順位の変更」は順位の譲渡・放棄とは根本的に異なる手続きです。意外ですね。
順位の変更は民法374条に基づき、複数の抵当権者全員の合意と、利害関係人の承諾を要件とします。 対して順位の譲渡・放棄は、2当事者間の合意だけで成立します。手続きの複雑さが大きく違います。
| 項目 | 順位の譲渡・放棄 | 順位変更 |
|---|---|---|
| 必要な当事者 | 2者(先順位者+後順位者) | 関係する全抵当権者 |
| 利害関係人の承諾 | 不要 | 必要 |
| 登記の形式 | 付記登記 | 主登記 |
| 登録免許税 | 不動産1個×1,000円 | 不動産の個数×担保権の個数×1,000円 |
| 効力の性質 | 相対的(2者間のみ) | 絶対的(全体に影響) |
順位変更は「当事者全員の合意と利害関係人の承諾」がない限り完結しません。 実務では転抵当権者や差押債権者なども利害関係人になりえるため、承諾取得の漏れが発生しやすくなります。
順位変更の登記が完了したあとに「やっぱり元に戻したい」という場合でも、抹消登記ではなく新たな順位変更の登記申請が必要になります。 一度登記が完了した順位変更は変更登記の方法では元に戻せないため、この点は業務の前に必ず依頼者に説明しておきましょう。
競売配当シミュレーションで読み解く実務上の影響
実際の競売現場では、配当計算を間違えると大きな損失につながります。これは使えそうです。
以下のケースを想定します。X所有の甲土地が競売にかけられ、売却代金が4,500万円だったとします。
- 1番抵当権者A:債権額1,000万円
- 2番抵当権者B:債権額1,500万円
- 3番抵当権者C:債権額2,000万円
🔹 何も処分がない場合の配当:
Aが1,000万円、Bが1,500万円、Cが2,000万円を全額回収できます。この事例は売却代金が十分なケースです。
🔹 AがCに順位譲渡した場合:
AとCの合算枠は3,000万円(AとCが各々もらえたはずの額の合算)。この枠内でCが先に2,000万円を受け取り、残り1,000万円をAが受け取ります。 Bは相変わらず1,500万円を受け取ります。Cは順位譲渡のおかげで全額回収できたということですね。
🔹 AがCに順位放棄した場合:
合算枠3,000万円の中でAとCが債権額の割合(A:1,000万円 vs C:2,000万円=1:2)で按分します。 Aは約1,000万円、Cは約2,000万円と計算でき、この場合は売却代金が十分なため実質的な差は生じません。ただし売却代金が少ない場合は按分の差が大きく出ます。
売却代金が2,500万円しかなかったと仮定した場合、Bに1,500万円配当されると残りは1,000万円しかなく、これをAとCで奪い合う形になります。 順位譲渡ならCが先に1,000万円を受け取りAはゼロ、順位放棄なら約333万円と667万円の按分になります。このような状況下では、どちらの処分を行ったかが何百万円もの差を生み出します。
実務家が知っておくべき「債務者通知」と転抵当権への影響
順位の譲渡・放棄を行う際に、見落とされやすいルールがあります。
抵当権の処分を債務者や物上保証人に対抗するためには、民法467条の規定による「債務者への通知または承諾」が必要です。 登記だけでは債務者への対抗要件として不十分な点に注意が必要です。これが原則です。
通知または承諾が必要な理由は、債務者が配当の優先関係を把握できないまま弁済行為などを行ってしまうリスクを防ぐためです。不動産業者として売買や担保設定の仲介に関わる場合、この通知手続きが完了しているかどうかの確認は確実に行いましょう。
また、転抵当権が設定されている抵当権に対して順位の譲渡・放棄が行われた場合、その効果は転抵当権には影響しません。 順位の譲渡・放棄は「当事者間の優先順位を変更するだけ」であり、抵当権自体の内容や効力は変わらないからです。つまり転抵当権者の権利はそのまま保護されるということですね。
📌 実務確認チェックリスト。
- ✅ 順位譲渡・放棄の登記は付記登記として完了しているか
- ✅ 債務者・物上保証人への通知または承諾は取得済みか
- ✅ 転抵当権者がいる場合、その者への影響は整理されているか
- ✅ 中間順位の抵当権者への影響がないことを確認したか
- ✅ 登記の目的に「何番抵当権の何番抵当権への順位譲渡(放棄)」と正確に記載されているか
順位の変更と違い、順位譲渡・放棄の手続きは利害関係人の承諾なしに2者間で進められます。しかし、後日「本来なら利害関係人になりうる者」から異議を申し立てられるリスクをゼロにするため、関係する抵当権者全体の状況を事前に整理しておく姿勢が重要です。
不動産登記に関する詳細な先例や通達について、駒澤大学が公開している実務研修資料が参考になります。
駒澤大学:第17回 抵当権の処分の登記・順位変更(法務研修資料PDF)
抵当権の順位制度に関する法律用語の整理や判例については、下記の専門家サイトが平易に解説しています。

