保全の必要性の具体例と不動産実務で押さえるべき対応策
勝訴判決を手にしても、相手の財産がゼロになり1円も回収できない場合があります。
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保全の必要性の基礎:不動産実務での「2大要件」を理解する
民事保全の申立てが裁判所に認められるには、「被保全権利の存在」と「保全の必要性」という2つの要件を疎明しなければなりません。不動産実務に携わる方が混同しやすいのは、この2要件の関係性です。被保全権利は「守られるべき権利(たとえば貸金返還請求権や所有権移転登記請求権)が存在すること」を指します。保全の必要性はそれとは別に、「今すぐ保全をしなければ、将来の強制執行が不可能になるか著しく困難になるおそれがある」ことを指しています(民事保全法13条1項・20条1項・23条1項・同条2項)。
つまり、これが原則です。
「権利がある」だけでは保全は認められません。「今すぐでないと手遅れになる」という緊急性のある具体的事実が必要なのです。
実務上、「裁判を起こして勝訴すれば大丈夫」と楽観視して保全を後回しにするケースがあります。しかし、民事訴訟は提起から判決が確定するまでに1年以上かかることも珍しくありません(最高裁判所事務総局・令和7年版の報告書でも確認されています)。その間に相手が不動産を売却したり預金を使い果たしたりすれば、どれだけ正確な勝訴判決を得ても「絵に描いた餅」になってしまいます。これが保全の本質的な役割です。
また、疎明のレベルについても注意が必要です。通常の民事訴訟における「証明」とは異なり、保全手続では「一応確からしい」という心証があれば足りる「疎明」で認められます。これは申立てのハードルを下げる一方で、抽象的な主張では却下されやすいという側面もあります。「支払いが遅れている」という事実だけでは不十分であり、具体的な財産散逸リスクを示す必要があります。
| 要件 | 内容 | 疎明資料の例 |
|---|---|---|
| 被保全権利の存在 | 保全されるべき権利(貸金返還請求権など)の存在 | 契約書・請求書・メールのやり取り |
| 保全の必要性 | 今すぐ保全しないと将来の強制執行が不可能・困難になるおそれ | 財産処分の形跡・交渉経過の記録・倒産の噂など |
不動産取引や管理業務の現場では、買主や借主が「資力がある」と見せかけて契約を結ぶケースもあります。日頃から取引先の財産状態や信用情報を把握しておく姿勢が、保全の必要性の疎明を強化することにつながります。
保全の必要性の具体例①:仮差押えが機能する不動産売却リスクの場面
不動産に対する仮差押えは、民事保全の中で最も「王道かつ典型的な方法」とされています。これは不動産が比較的財産としての価値が大きく、かつ登記という公示手段があるため仮差押えの効力を第三者に対しても確実に対抗できるからです。担保の程度も動産や債権の仮差押えに比べて低くなる傾向があり(目安として対象不動産価格の1〜3割)、申立てしやすいという利点があります。
ここで具体的な事情を見てみましょう。
不動産業者が売主業者に対して500万円の売掛金を持っている場合を想定します。売主業者が支払督促を無視し、連絡もつかなくなった。調べると、自社所有の事務所ビルを不動産業者に売却しようとしている気配がある——このような状況です。こうした場合、裁判所は「相手方が財産を処分してしまう現実的なリスク」があると判断し、仮差押えの必要性を認めやすくなります。
保全の必要性が認められやすい具体的事情には、以下のようなものがあります。
- 📌 債務者が所有不動産を売却しようとしている形跡がある(不動産業者が出入りしているなど)
- 📌 支払督促に対して全く誠実な対応がなく、「金がない」と開き直っている
- 📌 他の債権者への支払いも滞っており、倒産の噂がある
- 📌 理由なく本店所在地を移転したり、事業縮小・閉店準備をしている
- 📌 これまでの弁済が一度もなく、財産隠しの恐れが高い
申立てのタイミングも重要です。
仮差押えの手続きは「密行性」が命です。申立てから発令まで1〜2週間程度で完結する場合があり、債務者に知られることなく財産のロックをかけることができます。対象となった不動産の登記簿に仮差押登記が記録されると、たとえ債務者がその後に当該不動産を売却し第三者名義に移転登記したとしても、仮差押えの後に行われた処分行為は無効とされます(手続相対効)。
なお、仮差押えは「財産を凍結する」ものであり、即時に差し押さえて売却するものではありません。あくまで本訴訟で勝訴した後の本差押えまでの橋渡しとして機能します。ここが誤解されやすい点です。
民事保全法の条文・実務については、法務省が公開している「民事保全に関する頻出質問集」も参考になります。
保全の必要性の具体例②:処分禁止の仮処分と占有移転禁止の仮処分の違いと使い方
不動産実務において特に重要な仮処分が2種類あります。「処分禁止の仮処分」と「占有移転禁止の仮処分」です。混同されやすいですが、目的も使う場面も異なります。つまり別物です。
処分禁止の仮処分は、登記名義に関わる権利の保全が目的です。たとえば、土地の売買契約を締結したにもかかわらず売主が別の第三者へ売却・移転登記しようとするリスクがある場合、買主が所有権移転登記請求権を被保全権利として、その不動産の処分(売却・担保設定)を禁止する措置です(民事保全法53条)。
保全の必要性の具体例としては、以下が挙げられます。
- 🏠 売主が同一物件を別の買主候補にも売り込んでいる形跡がある
- 🏠 売主が離婚や債務整理を控えており、財産処分を急いでいる様子がある
- 🏠 隣地との境界問題が起きており、登記の内容が変わるリスクがある
一方、占有移転禁止の仮処分は、物件の明渡請求を保全するためのものです。家賃滞納を理由に賃貸借契約を解除して明渡しを求める際、訴訟中に賃借人が知人・友人・転借人などに占有を移してしまうと、判決を取っても強制執行できない事態が起きます。強制執行手続で退去させられるのは、基本的に「判決で明渡しを命じられた被告」と「審理終結後に被告から占有を承継した第三者」に限られるからです。
そのため、明渡訴訟を提起する前に仮処分を申し立て、現時点での占有者を固定しておく必要があります。占有移転禁止の仮処分が認められると、その後に鈴木さんや田中さんなど誰に占有が移っても、もともとの被告への勝訴判決で強制執行できます。これは実務では大きなメリットです。
ただし、占有移転禁止の仮処分を必ずしも経由する必要がないケースもあります。たとえば居住用物件に家族だけが住んでいて、転貸の可能性が全くないような場合です。逆に、物件に不特定多数の人が出入りしている場合、社宅として使用されている場合、派遣型風俗店の待機所として使用されている場合などは「仮処分の申立てが必須」とされています。
| 仮処分の種類 | 保全される権利 | 典型的な場面 |
|---|---|---|
| 処分禁止の仮処分 | 所有権移転登記請求権など | 二重売買リスク・担保設定リスクへの対応 |
| 占有移転禁止の仮処分 | 建物明渡請求権 | 明渡訴訟中の占有移転妨害への対応 |
占有移転禁止の仮処分と明渡請求訴訟の実務については、不動産弁護士による詳細な解説が参考になります。
建物明渡請求訴訟事件の実務|占有移転禁止仮処分の要否(不動産弁護士実務解説)
保全の必要性の具体例③:宅建業法上の手付金等保全措置の必要性と具体的基準
「保全の必要性」は民事保全法の文脈だけではありません。不動産業者にとってより身近で直接的なのが、宅建業法(宅地建物取引業法)に定められた「手付金等の保全措置」です。これは民事保全とは性質が異なりますが、不動産従事者として絶対に理解しておく必要があります。
宅建業者が自ら売主となって買主(一般消費者)に物件を売却する際、一定額以上の手付金・中間金などを受領する場合には、保全措置を講じる義務があります(宅建業法41条・41条の2)。これを怠ると業法違反となり、行政処分の対象となります。
保全が必要になる金額の基準は、物件の完成状況によって異なります。
- 📋 未完成物件の場合:手付金等の合計が「代金の5%超」または「1,000万円超」のいずれかを超えると保全が必要
- 📋 完成物件の場合:手付金等の合計が「代金の10%超」または「1,000万円超」のいずれかを超えると保全が必要
たとえば未完成物件で売買代金が3,000万円の場合、代金の5%は150万円です。手付金が151万円になった時点で保全措置が必要になります。これは比較的少額に見えますが、意外と見落とされやすい基準です。
保全措置の方法は3種類あります。①銀行等による保証委託契約、②保険事業者による保証保険契約、③指定保管機関による手付金等寄託契約・質権設定契約です。なお、未完成物件の場合は保証保険契約か保証委託契約の2択となり、指定保管機関による手付金等寄託は使えません。方法が限定されるということですね。
例外として保全措置が不要な場合もあります。手付金等の合計が上記の基準を超えない場合、または買主が所有権移転・保存の登記を受けている場合です。また、宅建業者同士の取引(業者間取引)では、この保全措置規定が適用されません(宅建業法78条2項)。
保全措置違反は、単なる業法違反にとどまらず、買主から業者への損害賠償請求の根拠にもなりえます。「保全措置なしで手付金を受領したが、倒産してしまった」という事態になれば、買主は大きな損害を被ります。こうしたトラブルを防ぐため、保全措置の必要性の基準は担当者全員が共有すべきです。
宅建業法|手付金等保全措置の攻略パターン・具体例まとめ(owners-age)
保全の必要性の具体例④:担保金の負担と違法保全のリスクという盲点
民事保全を申立てる際に、多くの不動産実務家が見落としがちな点が2つあります。それは「担保金の負担」と「違法保全による損害賠償リスク」です。これが意外な落とし穴になります。
まず担保金についてです。保全命令が認められるためには、裁判所が決定する担保金(供託金)を法務局に供託しなければなりません。この担保金は、仮差押えが後に不当だと判断された場合に債務者への損害賠償に充てられるものです。
担保金の目安は次のとおりです。
- 💴 不動産の仮差押え:被保全債権額の15〜20%程度(場合によっては5〜30%と幅がある)
- 💴 債権や動産の仮差押え:被保全債権額の20〜30%程度
たとえば1,000万円の売掛金を保全するために不動産を仮差押えする場合、担保金として100万円〜300万円程度の現金を事前に用意する必要があります。しかも、この担保金は手続が終了するまで法務局に預けたままになります。実質的に動かせない現金が発生するわけです。
担保金の額は固定ではありません。権利関係の疎明が確かで保全の必要性も明確であれば低くなる傾向があり、逆に証拠が弱く争いの余地が大きいほど高くなります。担保金は事案によって大きく変わるということです。なお、本訴訟で勝訴すれば担保取消しの手続きを経て返還されます。
次に、違法保全のリスクです。仮差押えや仮処分は「裁判前の暫定措置」であり、後日の本訴訟で申立人が敗訴する可能性がゼロではありません。万が一敗訴した場合、相手方(債務者)は「不当な保全処分によって損害を受けた」として申立人に損害賠償請求をできます。ただし、損害の立証責任は相手方側にあるため、債務者にとっても簡単ではありませんが、リスクとして念頭に置く必要はあります。
不動産業者が相手先の不動産を仮差押えして取引先との関係が悪化し、後日申立てに根拠がなかったとして損害賠償請求された事例も存在します。保全申立ては慎重に、かつ十分な証拠を用意した上で行うことが原則です。
保全手続きにかかる費用や担保金の相場については、企業法務専門の弁護士による解説が参考になります。
企業を守る民事保全手続の基礎|弁護士解説(港大壱法律事務所)
保全の必要性の具体例⑤:独自視点・保全を「先回り」することで交渉力が変わる実態
「保全は訴訟の前準備にすぎない」と思われがちですが、実はそれだけではありません。仮差押えや仮処分を先に動かすことで、交渉の主導権そのものが変わるという実態があります。これは見落とされやすいメリットです。
仮差押えが執行され相手の不動産に登記が入った瞬間、相手のメインバンクや取引先がその事実を把握することがあります。金融機関は登記情報をチェックしているため、仮差押え登記が入ると融資の引き上げや与信の見直しが起きるケースもあります。これが相手にとっては死活問題となり、従来は「払えない」と強弁していた相手が任意の交渉テーブルに戻ってくることがあるのです。
実際に、仮差押えを申し立てたことで交渉が動き出し、訴訟まで進まずに回収が完了したという事例は少なくありません。つまり仮差押えは「財産のロック」という直接効果と、「交渉の圧力」という間接効果を同時に持つ手段です。
一方で、注意すべきポイントもあります。仮差押えの対象が「債務者のメインバンク口座」や「主要な事業用不動産」である場合、相手の経営に重大な打撃を与えます。実際に倒産のきっかけになることもあります。適切な対象を選ばないと回収どころか「取りすぎ」を招く可能性があるのです。
なお、一筆の土地の一部についての所有権移転登記請求権を被保全権利として土地全部について処分禁止の仮処分を申し立てられるかという問題について、最高裁(令和5年10月6日決定)は「分筆登記の申請が著しく困難などの特段の事情がある場合には、土地全部についての仮処分でも保全の必要性を欠かない」という判断を示しており、実務上も注目されています。
不動産実務における保全の使い方を整理すると、以下のようになります。
- 🔑 仮差押え(金銭債権の保全):売掛金回収・貸金回収が最重要局面で、相手の財産散逸リスクを感じた瞬間に動くことが原則
- 🔑 処分禁止の仮処分(登記請求権の保全):二重売買・担保設定リスクがある売買や借地権の解除場面で活用
- 🔑 占有移転禁止の仮処分(明渡請求の保全):家賃滞納・無断転貸・不法占拠など明渡訴訟前に必ず検討すること
- 🔑 手付金等保全措置(宅建業法):自ら売主となる場合は未完成物件5%・完成物件10%超の基準を常に意識する
保全の「必要性」は現場感覚だけでなく、法的な要件として疎明しなければならない点に、不動産実務のプロとしての知識が問われます。日頃から取引先との交渉経過をメールや書面で記録しておくこと、財産状態の変化を定期的に確認しておくこと、これが保全手続きをいざというときに機能させる最大の下準備です。記録が命です。
最高裁令和5年10月6日の処分禁止仮処分に関する決定の詳細と実務解説については、以下の記事が参考になります。
民事保全手続とは?保全の必要性が問題となった最高裁決定も紹介(ask-business-law)

失敗事例でわかる! 民事保全・執行のゴールデンルール30<改訂版>
