グリーンツーリズム事例・日本の成功と不動産活用の可能性

グリーンツーリズム事例から学ぶ日本の農泊・地域活性化の実態

農泊の宿泊者数は令和5年度に794万人泊を突破しているのに、地方の空き家は今も売れ残り続けています。

この記事の3ポイント要約
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グリーンツーリズムとは何か

農山漁村に滞在して自然・文化・農業体験を楽しむ滞在型観光のこと。1994年制定の農山漁村余暇法が日本での普及を後押しし、全国656か所以上の農泊地域が認定されています。

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日本の主な成功事例

栃木県大田原市では官民共同法人「大田原ツーリズム」が年間約9,400人の宿泊者を受け入れ成功。青森県・岩手県・群馬県など全国各地で特色ある取り組みが進んでいます。

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不動産業界との接点

空き家・古民家をグリーンツーリズムの宿泊施設として転活用することが地方不動産の新たな出口戦略になります。農山漁村余暇法の規制緩和で農業者以外でも農家民宿を開業できます。


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グリーンツーリズムとは何か:日本における定義と背景

グリーンツーリズムとは、農山漁村において自然・文化・地域の人々との交流を楽しむ「滞在型の余暇活動」のことです。農林水産省が推進する取り組みで、単なる観光地めぐりとは根本的に異なり、農業体験や地元の食文化への参加が核心にあります。

この概念が日本に持ち込まれたのは、欧州のバカンス文化がきっかけです。フランスやドイツでは19世紀後半から農村滞在型の休暇が定着しており、農村にとって観光業が重要な収入源になってきた長い歴史があります。日本でも1992年(平成4年)に農林水産省がグリーンツーリズムを公式に提唱し、1994年(平成6年)に「農山漁村余暇法」が制定されました。これが基本です。

その後、法律は何度も改正を重ねています。2005年(平成17年)の改正では特に重要な変が加えられました。それまで農林漁業者しか開業できなかった農家民宿について、農業を営んでいない人でも「農林漁業体験を提供できれば登録できる」という形に緩和されたのです。この変更により、地方に移住した一般人や不動産オーナーも農家民宿の運営に参入できる道が開かれました。

似た概念との区別を整理しておくと、次のようになります。

  • エコツーリズム:自然環境の保護・保全を主目的とした観光。ガイドとともに生態系を学ぶことが中心。
  • アグリツーリズム:農業体験に特化した観光形態。グリーンツーリズムの一部ととらえることもできます。
  • グリーンツーリズム:農山漁村全体の地域振興を目的とし、農業・漁業・食・文化・宿泊を包括的に体験する滞在型旅行。

つまりグリーンツーリズムが最も広い概念です。農業体験だけにとどまらず、漁師との同船体験、地元料理の調理体験、古民家での宿泊など、地域の生活全体を観光資源にする点が大きな特徴といえます。

農林水産省のデータによれば、2023年度(令和5年度)の農泊地域での年間延べ宿泊者数は794万人泊に達しており、当初設定されていた令和7年度700万人泊の目標をすでに超過達成しています。農泊地域数も全国で656か所以上(2023年度末時点)まで拡大しており、グリーンツーリズムが一過性のブームではなく定着した産業であることを示す数字です。

農林水産省の農泊に関する最新統計・政策方針が確認できます。

農林水産省「農泊」の推進について

グリーンツーリズムの日本の成功事例①:栃木県大田原市の官民共同モデル

栃木県大田原市は、日本のグリーンツーリズムを語るうえで欠かせない成功事例です。人口約7万人のこの市が、年間約9,400人(2023年度実績)もの宿泊者を農山村に呼び込んでいます。意外ですね。

大田原市の取り組みの最大の特徴は、官民共同出資による専門法人の設立にあります。2010年(平成22年)に市がグリーンツーリズムによる誘客構想を策定し、2012年(平成24年)に市と地元18社の民間企業が共同出資した「株式会社大田原ツーリズム」を設立しました。この法人が旅行会社や学校などからの受け入れ窓口として機能し、農家への割り振りや体験プログラムのコーディネートを担います。

受け入れプログラムの主軸は教育旅行(修学旅行・農業体験学習)です。農業地帯の広大な耕作地を活かし、数百人規模の学校が参加できる大型の田植え体験や収穫体験が実施されています。これは東京ドーム約20個分の農地が広がる那須野ヶ原の地理的条件あってこそのスケールで、他地域では容易に真似できない強みです。

コロナ禍前の2019年度には、年間の交流人数9,000人・延べ5,000泊を達成し、そのうち約2割(約1,800人)がインバウンド(訪日外国人)客でした。インバウンド比率が2割というのは農泊としては高い数字で、海外向けのプロモーションにも積極的に取り組んできた成果です。

この成功から不動産従事者が学べる点は大きくあります。大田原市のモデルが示すのは、地域の「古い農地・農家」という資源に、コーディネート機能と法人ガバナンスを組み合わせることで、観光産業として持続可能な収益を生み出せるということです。地方の築古農家住宅や遊休農地を単に売るだけでなく、こうしたグリーンツーリズム事業への転用提案を組み合わせると、売れにくかった物件に新たな価値が生まれます。

大田原市のグリーンツーリズム事業の詳細・インバウンド誘致の手法が確認できます。

自治体国際化協会「農泊を核としたグリーンツーリズムによるインバウンド誘致 ~大田原市の事例~」

グリーンツーリズムの日本の成功事例②:青森・岩手・群馬の地域密着型モデル

大田原市以外にも、日本各地でグリーンツーリズムの成功事例が生まれています。地域ごとにアプローチが異なる点が面白いところです。

青森県のモデル:食と農を軸にした教育旅行型

青森県では県内約170か所の施設でグリーンツーリズムに取り組んでいます。特徴は「農家民宿」を通じた食育・農育の提供にあります。りんご・米・野菜などの農産物生産が盛んな青森ならではの体験プログラムを設計し、国内学生だけでなくインバウンドも積極的に受け入れています。農家に宿泊し、収穫から調理・食事まで一連の体験をすることで、「青森ブランド」の農産物への愛着と認知を高める効果があります。農業×観光×ブランディングを同時に実現している点が優れています。

岩手県奥州市のモデル:農村生活の完全体験型

岩手県奥州市の「おうしゅうグリーン・ツーリズム推進協議会」は、農家民泊による教育旅行受け入れに特化した体制を組んでいます。1農家あたり4〜5名という少人数での受け入れを基本とし、農作業だけでなく食事の準備・後片付け・就寝準備まで農家と一緒に行う「農村生活の完全体験」を提供しています。これは4〜5名のグループをまるごと家族として迎え入れるようなイメージです。農家との密度の濃い交流が生まれ、都市部の学生に深い印象を残します。日帰りの「ビジット体験プラン」と宿泊の「農村生活体験宿泊プラン」の2コースを用意し、学校の予算に合わせて選択できる設計になっています。

群馬県のモデル:首都圏近接の強みを活かした日帰り・宿泊複合型

群馬県は「ぐんまグリーン・ツーリズム」として取り組んでいます。首都圏から車で1時間程度というアクセスの良さを最大限に活かしている点が特徴です。日帰り・宿泊いずれにも対応したプログラムを幅広く用意し、都心部からの観光客が気軽に農業・農村を体験できる環境を整えています。また、農業体験にとどまらず、世界文化遺産「富岡製糸場」や温泉との組み合わせ観光も取り込み、滞在時間を延ばす工夫をしています。

これら3つの事例に共通しているのは、「地域固有の資源(農産物・食・景観・文化)」と「体験プログラムの設計」を組み合わせた点です。どこにでもある「田舎の農家」が、コンセプトと受け入れ体制を整えることで観光資源に変わるという事実は、地方不動産の価値評価にも示唆を与えます。

グリーンツーリズムの全国実施事例・自治体の取り組みが詳しく掲載されています。

グリーンツーリズムが不動産業界にもたらすビジネスチャンス

グリーンツーリズムは観光業の話だと思っている人が多い。これが損をする思い込みです。

不動産業界の視点からグリーンツーリズムを見ると、特に3つの場面でビジネスチャンスが浮かび上がります。

① 地方の空き家・古民家の出口戦略として

全国の空き家数は年々増加の一途をたどっています。地方の築古農家住宅は「売れない・貸せない」という問題を抱えやすいですが、グリーンツーリズムの宿泊施設(農家民宿)という用途を提案することで状況が変わります。農家民宿は「農林漁業体験を提供できる施設」であれば登録が可能で、2005年の農山漁村余暇法改正後は農業者でなくても開業できます。古い農家住宅が抱える「売れない」という課題を「農泊施設として再生」という提案に置き換えられるのです。

実際、農林水産省の農泊政策では古民家をグリーンツーリズムの宿泊施設として活用することが明確に推進されており、農山漁村振興交付金などの補助金制度も設けられています。物件の紹介だけでなく、こうした補助金活用を込みで提案できる不動産会社は地方市場で強い競争優位を得られます。

② 移住促進との連動による需要創出

グリーンツーリズムは、都市住民に農村の暮らしを「体験」させる機能を持っています。短期の農業体験→リピーター→二地域居住→移住というルートが各地で実際に生まれており、グリーンツーリズムが不動産需要を間接的に生み出す仕組みになっています。移住希望者向けの農村物件を扱う不動産業者にとって、地域のグリーンツーリズム運営体との連携は集客ルートの一つとして機能します。

③ インバウンド需要を取り込んだ宿泊施設開発

令和5年度の農泊延べ宿泊者794万人泊のうち、訪日外国人の割合を10%(70万人泊超)にする目標が掲げられています。農林水産省は「農泊インバウンド受入促進重点地域」を約40地域選定するなど、外国人観光客の農村誘客に力を入れています。外国人から見ると「田舎の農家に泊まって田植えをする」体験は非日常の魅力があり、欧米・アジア圏での需要は確実に存在します。こうした需要を見越した農泊施設の整備・管理・仲介は不動産業者が担える業務です。

ポイントは「農家民宿を農業者しか開業できない」という誤解を捨てることです。2005年以降、農業を営んでいなくても農林漁業体験を提供できる環境があれば農家民宿の登録は可能です。農地付き物件や農家住宅の活用提案の幅は思っているより広くなっています。

農山漁村余暇法の詳細・農家民宿の登録制度についての公式情報が確認できます。

農林水産省「農山漁村余暇法について」

グリーンツーリズムの課題と持続可能な運営のための視点

成功事例だけを見ていると実態を誤ります。課題を知っておくことが大切です。

グリーンツーリズムを実際に運営・関与する立場から見ると、いくつか解決すべき課題が存在します。特に不動産従事者が物件オーナーや地域関係者に提案する際、これらを事前に共有しておくことでトラブルを防げます。

課題① 受け入れ側の高齢化と人材不足

農山漁村地域では若者の流出が続いており、農家民宿を運営できる人材が不足しています。農林水産省の資料でも受け入れ農家の高齢化が課題として明示されており、宿泊者を受け入れ続けるための後継者育成が全国的な問題です。物件を農泊施設として活用する場合、「誰が運営するか」の体制設計が物件取得よりも先に必要です。

課題② 季節性と年間収益の安定性

農業体験は季節に強く依存します。田植えは5〜6月、稲刈りは9〜10月に集中しやすく、冬季の集客が難しい地域も多いです。農泊だけで年間通じた安定収益を得ている施設は意外と少なく、農泊の収入が年間100万円を超えている受入家庭も多くはないというデータもあります。農泊単体を収益の柱にするよりも、地域の農産物直売・食事体験・体験プログラムと組み合わせた複合収益モデルを設計することが重要です。

課題③ 初期投資と法的手続きの複雑さ

農家民宿を開業するには旅館業法に基づく簡易宿所の営業許可が必要です。加えて、建築基準法・消防法への適合も求められます。古民家の場合、耐震補強・設備改修に予想以上のコストがかかるケースがあります。農山漁村余暇法の農林漁業体験民宿業として登録する場合でも、食事・宿泊・農業体験を組み合わせた役務提供の基準を満たす必要があります。

課題④ 環境・生態系への配慮

グリーンツーリズムが拡大することで、これまで人の手が少なかった自然環境に観光客が流入するリスクがあります。希少生物の生息地や農地の生態系を守りながら観光を促進するためのガイドライン設計が必要です。地域住民との合意形成を丁寧に進めることが、持続可能な運営の基本条件となります。

課題はありますが、解決策の方向性は明確です。人材確保には「地域おこし協力隊」の活用が有効で、全国各地でこの制度を使ったグリーンツーリズムの立ち上げ事例が増えています。初期投資については農山漁村振興交付金や国土交通省の地方創生推進交付金など、複数の補助制度を組み合わせることで負担を軽減できます。これらの制度情報を体系的に把握している不動産業者は、地方物件の活用提案で圧倒的な説得力を持てます。

農林水産省・農泊事業に関する補助金・支援情報の最新版が確認できます。

農林水産省「農泊をめぐる状況について」(PDF)