不退去罪の成立要件と不動産営業が知るべき刑事リスク

不退去罪の成立要件と不動産営業が押さえるべき法的リスク

「帰れと言われていない」と主張した不動産営業マンが、玄関先に30分いただけで現行犯逮捕されました。

この記事の3つのポイント
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不退去罪の成立要件は4つ

退去要求・合理的時間の経過・正当な理由なし・対象場所の4条件がそろうと刑法130条が適用され、3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金が科されます。

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不動産営業こそ最も逮捕リスクが高い

飛び込み営業で退去要求を受けた後も玄関先に留まり続けると、現行犯逮捕の対象になります。2024〜2026年に実際の逮捕事例が複数発生しています。

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逮捕後の対処は示談交渉が鍵

逮捕されると最大23日間の身柄拘束になる可能性があります。早期に弁護士へ相談し、被害者との示談を成立させることが不起訴への近道です。


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不退去罪の定義と刑法130条の条文を正確に理解する

不退去罪とは、最初は適法に建物などへ立ち入った人物が、退去を求められたにもかかわらず居座り続けた場合に成立する犯罪です。刑法第130条の後段に規定されており、住居侵入罪と同じ条文に定められています。

条文の内容を正確に確認しておきましょう。

(住居侵入等)

第百三十条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

条文の前段「正当な理由がないのに…侵入し」が住居侵入罪にあたり、後段の「要求を受けたにもかかわらず退去しなかった者」が不退去罪の実行行為に該当します。つまり不退去罪が成立する条件は、不法に侵入することではありません。

住居侵入罪との違いはここにあります。住居侵入罪は「管理者の意思に反して侵入する行為」を罰する犯罪であるのに対し、不退去罪は「最初は適法に立ち入ったにもかかわらず、途中で退去を求められた後も居座り続ける行為」を罰します。不動産の飛び込み営業で訪問先の玄関に立つこと自体は違法ではありませんが、断られた後に立ち去らなければ、その時点から不退去罪の危険領域に入ります。

2025年6月1日施行の改正刑法により、従来の懲役刑と禁錮刑は「拘禁刑」として一本化されています。法定刑は「3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金」です。前科がなく悪質性が低い初犯であれば、執行猶予付き拘禁刑や罰金刑にとどまるケースが多いとされていますが、それでも前科がつくことに変わりはありません。

不退去罪は真正不作為犯の代表例です。これは、積極的な行動(作為)ではなく、「その場にとどまり続ける」という不作為によって犯罪が構成されることを意味します。自覚がないまま罪を犯す可能性があるため、不動産従事者は特に注意が必要です。

刑法 第130条全文 | e-Gov法令検索(正式条文はこちらで確認できます)

不退去罪の成立要件4つを具体例とともに解説する

不退去罪が成立するには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。ひとつでも欠けると、罪は成立しないか、少なくとも争う余地が生まれます。

まず①退去の要求を受けていることです。住居の居住者、建造物の看守者、またはこれらの者から指示を受けた者から「出てください」と明確に要求されることが前提です。注意点として、退去の意思表示は口頭だけでなく、身振りや手振りによるものでも認められています。逆にいえば、相手が「帰れとは言っていない」と主張しても、態度や文脈から退去要求が明らかであれば要件は満たされます。

次に②退去するのに必要な合理的時間が経過していることです。退去を求められた瞬間に犯罪が成立するわけではありません。コートを着る、靴を履く、荷物をまとめるといった帰り支度に必要な時間の経過は認められます。時間の長短だけで判断されるわけではなく、「滞留の目的の違法性」「退去しない意思の強固さ」「法益侵害の重大性」を総合的に考慮して判断されます。

合理的時間がいかに短くても成立するケースがあります。東京地検判決(昭和46年4月17日)では、退去命令から機動隊の排除開始まで「15秒ないし20秒」しか経過していなくても、不退去意思の強固さや法益侵害の態様を考慮して不退去罪の成立を認めています。これは意外ですね。時間だけが基準ではないということです。

③退去しないことに正当な理由がないことも不可欠です。正当な理由の例としては、警察が捜索差押令状を持って捜索中の場合や、自然災害によって外に出ると生命の危険がある場合などが挙げられます。一方、「まだ話し合いが終わっていない」「納得できるまで帰らない」「終電を逃した」といった自己都合は正当な理由として認められません。重要なのは、正当な理由の立証は不退去者側に求められる点です。

最後に④場所が人の住居・人が管理する邸宅・建造物・艦船のいずれかであることです。不動産営業の文脈でとくに重要なのは「人の看守する建造物」の範囲です。オフィスビル、商業施設、駅の構内、市役所、警察署、学校、さらには「囲繞地(いにょうち)」と呼ばれる建物周囲を塀や垣根で囲んだ敷地も含まれます。訪問先の敷地内の駐車場に入った後、退去を求められてもとどまることも不退去罪の対象になり得ます。

不退去罪の成立要件・罰則・逮捕ケースの詳細解説 | わかい法律事務所

不動産営業が逮捕された実際の事例から学ぶリスクの実態

法律の条文だけでは実感が湧かない方のために、実際に起きた逮捕事例を確認しましょう。不動産従事者にとって他人事では済まされない内容です。

【事例1】2026年1月・兵庫県三木市 飛び込み営業で約1時間居座り逮捕

不動産会社社員の26歳の男性が、飛び込み営業で訪問先の玄関先に約1時間居座り、住居不退去の疑いで逮捕されました。男性は取調べで「帰らなかっただけで罪になるのか」という趣旨の供述をしています。典型的なケースです。

【事例2】2024年11月・埼玉県東松山市 玄関ドアに足を挟んで30分間居座り逮捕

不動産会社社員の28歳の男性が、訪問先の住人から再三「帰ってほしい」と求められたにもかかわらず、玄関ドアに足を挟んで閉まらないようにしながら30分間立ち去りませんでした。男性は「帰れとは言われていない」と否認しましたが、現行犯逮捕されています。

この2件の事例で共通しているのは、いずれも「退去を求められたと認識していない」または「1回言われたくらいでは要件を満たさない」という誤解のもと行動していたと推測される点です。退去要求は1回でも成立します。回数に法律上の規定はありません。

「帰れ3回で不退去罪」という言い回しが弁護士の間で使われることがありますが、これは3回言えば確実に成立するという意味であって、3回言わなければ成立しないという意味ではありません。

不退去罪で逮捕されると現行犯逮捕の形をとるのが一般的です。理由は、退去しない現場を被害者が目撃しており、直接通報によって警察官が駆けつけるためです。逮捕後は48時間以内に検察へ送致され、その後24時間以内に裁判官への勾留請求が行われます。勾留が認められれば最大23日間の身柄拘束が続きます。最長23日間です。

仕事は当然できなくなります。会社への報告義務も生じるため、不動産会社社員として働いている場合、解雇や懲戒処分につながるリスクも現実的です。

不退去罪における「正当な理由」と違法性阻却事由の範囲

不退去罪が成立しないための例外、いわゆる「正当な理由」と違法性阻却事由について整理します。これは不動産従事者が「では何なら退去しなくていいのか」を理解するために重要な知識です。

正当な理由として認められる主なケース

警察が捜索差押令状を取得した上で建物内を捜索中の場合、令状の有効範囲内にいる警察官は退去を命じられても応じる義務はありません。これは法的根拠が明確です。また、台風や地震などの自然災害で外に出ると生命の危険がある場合も、退去に正当な理由があると解されます。

正当な理由として認められないケース

「まだ話し合いが終わっていない」「感情的になってしまっていたが帰りたくない」「終電を逃した」といった理由は正当性を欠きます。クレームの内容が正当であるかどうかも無関係です。

違法性阻却事由という観点からも確認しましょう。労働争議行為を理由に退去しないケースについて、最高裁は昭和43年・昭和45年・昭和53年の3件の判決でいずれも違法性阻却を否定し、不退去罪の成立を認めています。組合活動であっても例外ではないということですね。

一方で違法性阻却を認めた唯一に近い例として、岡山地裁の昭和48年3月23日判決があります。自衛隊演習反対のデモで町役場に立ち入り、最後には自発的に退去しかけていた被告人らの行為について、滞留時間が約17分、業務への支障がわずかであった事実などを総合的に考慮し、「不退去罪が予定している程度の実質的な違法性を備えない」として無罪を言い渡しました。ただしこれは極めて特殊な事情のもとでの判決であり、一般的な場面でこの論理は通用しないと考えるべきです。

不動産営業の文脈では、「相手が退去要求を明確に述べていた」という事実さえあれば、正当な理由や違法性阻却を主張する余地はほとんどないと考えておくのが現実的です。自己都合が正当な理由になることはありません。

不退去罪②「既遂時期」「違法性阻却事由」を判例で解説 | スマホで学ぶ刑法(既遂時期の判例と違法性阻却を認めた岡山地裁判決の詳細が読めます)

不動産従事者が見落としがちな「不退去罪+α」の複合リスク

不退去罪は単独で成立する場合だけでなく、他の犯罪と同時に成立するケースがあります。不動産従事者が特に注意すべき複合リスクを整理します。

威力業務妨害罪(刑法234条)との同時成立

店舗や事業所に対して執拗なクレームを続けながら退去しない場合、不退去罪と同時に威力業務妨害罪が成立する可能性があります。威力業務妨害罪の法定刑は「3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」です。不退去罪よりも罰金上限が高く、5倍の差があります。クレームの内容が正当であっても関係なく適用されます。

特定商取引法違反との同時成立

訪問販売にあたる営業活動を行っている場合、不退去罪のほか特定商取引法違反も問われる可能性があります。同法は、不実の告知、威迫・困惑を招く行為などを禁止しており、悪質な訪問販売は行政処分や刑事罰の対象となります。

民事上の損害賠償責任も同時に発生する

刑事事件として処理された後でも、被害者は民事上の損害賠償請求を行うことができます。退去を強く求めても帰らない営業マンのせいで精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求に発展したケースも存在します。刑事と民事は別の手続きです。

勾留による長期身柄拘束が会社員生活に与える打撃

不退去罪で逮捕・勾留されると、最大23日間の身柄拘束があります。東京23区の場合でも、千葉や埼玉など首都圏近郊でも、勾留中は原則として会社との連絡や外出が一切できません。この期間、会社に事情を説明する術がなく、事実上の失職につながることも珍しくありません。

逮捕後に早期釈放を目指す手段として、被害者との示談交渉があります。示談が成立すれば、被害者の処罰感情が緩和されたと判断され、検察官が不起訴処分を選択する可能性が高まります。ただし、加害者本人や家族が直接被害者と交渉しようとしても、応じてもらえないケースがほとんどです。弁護士を通じた示談交渉が実質的に唯一の有効な手段です。

不動産会社が組織として対応すべき場面もあります。社員が逮捕された場合、会社側が適切な弁護士を手配し、会社としての謝罪や再発防止策を提示することで、示談交渉がスムーズに進む場合があります。営業マニュアルや社内研修に不退去罪のリスクを明記しておくことが、会社全体のリスクマネジメントにもつながります。

訪問営業で退去要求を無視した住居不退去事例・略式罰金20万円での解決 | アトム弁護士(示談不成立のまま罰金刑となった実例が確認できます)

不動産営業として現場で取るべき退去対応の実務ポイント

法的リスクを理解した上で、日常の営業活動においてどのように行動すればよいかを整理します。これは知っておけば確実にデメリットを回避できる情報です。

退去要求への対応は「速やかに・明確に・記録に残す」が原則

訪問先から「帰ってください」「もう結構です」「お引き取りください」といった言葉を受けた場合、すぐに帰り支度を始めることが重要です。「あと少しだけ」「一点だけ聞いてほしい」といった言葉を続けながら立ち去らない行為は、退去意思がないとみなされる可能性があります。退去要求を受けたら荷物をまとめ、速やかに退出するのが基本です。

「1回の要求」でも不退去罪は成立する

よくある誤解として、「3回言われなければ不退去罪にならない」というものがあります。「帰れ3回」という言い回しは、3回要求すれば確実に成立するという意味であって、1回では成立しないという意味ではありません。1回でも明確な退去要求があれば要件を満たします。

訪問先の敷地内も対象になる

建物の外に出ても、囲繞地(敷地や駐車場)に留まっていれば不退去罪の対象になる可能性があります。建物から出た後は、速やかに敷地外へ移動することが必要です。建物の外は安全ではありません。

飛び込み営業における「訪問販売お断り」の貼り紙

「訪問販売お断り」などと明示されている住宅の敷地内に入り込んだ場合、立ち入りの段階で住居侵入罪が成立する可能性があります。この場合は不退去罪ではなく、より重大な犯罪として扱われる点に注意が必要です。

万が一トラブルになった場合の初動

もし訪問先とのトラブルで警察が呼ばれた場合、その場での無理な弁解や状況の否定は控えることが賢明です。警察官の指示には従い、後日弁護士に相談しながら適切な対応を進める方が、最終的な処分を軽くする可能性が高いです。当番弁護士制度を利用すれば、1回限り無料で弁護士に接見してもらえます。早期の弁護士相談が原則です。

不動産会社として日頃からできる対策として、訪問営業マニュアルに「退去要求を受けたら即時撤退」を明記すること、ロールプレイ型研修で実際の対応を練習すること、そしてトラブル発生時の連絡先(顧問弁護士や相談窓口)を担当者全員に共有しておくことが有効です。組織的な備えが重要です。

不動産会社の訪問営業がしつこい場合の対策と法的リスク | いえうり(訪問営業を受ける側・行う側双方の視点で不退去罪が解説されています)