義務違反者に対する措置と標準管理規約の正しい対応手順
差止請求で訴訟を起こすとき、あなたは総会決議を取っていて競売できず損をするかもしれません。
義務違反者に対する措置の概要:標準管理規約第66条・67条の位置づけ
マンション標準管理規約(単棟型)は、国土交通省が管理規約の参考モデルとして公表しているものです。2024年末時点で国内のマンションストック数は713万戸に達しており、そのうち大多数のマンションがこの標準管理規約に準じた規約を採用しています。宅建事業に従事するうえで、標準管理規約の内容を正確に把握しておくことは、重要事項説明や顧客対応の基盤となります。
義務違反者に対する措置は、標準管理規約では2つの条文に分かれています。第66条が「区分所有法第57条〜第60条に基づく措置の根拠規定」を確認する条文で、第67条が「理事長が理事会の決議を経て行使できる勧告・指示・警告・訴訟追行」を具体的に定めた規定です。この2条文の役割の違いを最初に整理しておくことが大切です。
標準管理規約第66条は次のとおりです。
区分所有者又は占有者が建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、区分所有法第57条から第60条までの規定に基づき必要な措置をとることができる。
ここでいう義務違反行為の対象者は、区分所有者本人にとどまりません。区分所有者の同居人、賃借人、その同居人、さらに法人名義で所有している場合の従業員なども含まれます。つまり、その専有部分に居住または利用するすべての人が管理規約の拘束を受けるわけです。これは宅建事業者が賃貸仲介や売買仲介に関わる際、買主・借主へ説明すべき重要な事項のひとつです。
違反行為の典型例としては、管理費・修繕積立金の長期滞納、ペット禁止規約への違反、専有部分の無断改造(間仕切りを多数設けてシェアハウスとして転貸するなど)、共用部分への工作物の無断設置(サンルームや大型棚の設置など)が挙げられます。いずれも「区分所有者の共同の利益に反する行為」として第66条の適用対象となります。
第67条は、理事長が理事会の決議を経て行使できる権限を定めており、大きく「勧告・指示・警告」と「訴訟その他法的措置の追行」の2段階で構成されています。まず是正を求め、それでも改善されなければ法的手段に移行するという流れが規定されています。第66条で「区分所有法に基づく措置」の根拠を確認し、第67条で「理事長が実際に動ける範囲」を定める、という構造になっています。
参考:国土交通省による標準管理規約(単棟型)の公式テキスト
義務違反者に対する4つの措置:区分所有法57〜60条の内容と要件
区分所有法では、義務違反者への対応として4段階の手段が用意されています。段階が上がるほど措置の強度と手続きの厳格さが増します。宅建事業従事者としては、それぞれの手段の要件を正確に把握しておく必要があります。
| 条文 | 措置の内容 | 訴訟の要否 | 決議の種類 | 弁明の機会 |
|---|---|---|---|---|
| 57条 | 行為の停止等の請求 | 任意(訴訟外でも可) 訴訟提起は普通決議 |
普通決議 | 不要 |
| 58条 | 専有部分の使用禁止の請求 | 必須(訴えのみ) | 特別決議(3/4以上) | 必要 |
| 59条 | 区分所有権の競売の請求 | 必須(訴えのみ) | 特別決議(3/4以上) | 必要 |
| 60条 | 占有者に対する引渡しの請求 | 必須(訴えのみ) | 特別決議(3/4以上) | 必要 |
①行為の停止等の請求(第57条)
共同の利益に反する行為をしている区分所有者や占有者に対し、その行為の停止・行為の結果の除去・行為の予防措置を請求できます。これは訴訟外(文書での申し入れ等)でも可能であり、最初の手段として広く使われています。
訴訟を提起する場合は集会(総会)の普通決議が必要ですが、訴訟外での請求であれば決議を要しません。また、弁明の機会の付与は不要です。つまり、行為停止の段階では最も機動的に動けます。
②使用禁止の請求(第58条)
行為停止請求では効果が期待できない場合に、専有部分の使用を「相当期間」禁止することを訴えで請求できます。これは区分所有者の専有部分の利用権を一定期間奪う非常に強い措置です。そのため、訴訟提起には区分所有者数及び議決権の各4分の3以上の特別決議が必要であり、かつ総会決議の前に当該区分所有者に弁明の機会を与えなければなりません。
ここでの「弁明の機会」は、総会の場で行う必要はなく、理事役員と当事者が別途面談する形で行ってもよいとされています。ただし、あくまでも特別決議「前に」設けることが条件です。
③区分所有権の競売の請求(第59条)
使用禁止でも解決できない著しい障害がある場合に、区分所有者の区分所有権および敷地利用権の競売を請求できます。競売という究極の措置であるため、58条と同様の特別決議と弁明の機会が必要です。
注意すべき重要ポイントとして、競売を認める判決が確定した日から6か月を経過した場合は競売の申立てができなくなります(第59条3項)。判決を得ても6か月以内に申立てをしなければ権利が失われる点は、実務上の重大なリスクです。また、競売申立ての相手方(競売を申し立てられた区分所有者またはその関係者)は、その物件の買受申出ができません(第59条4項)。
④占有者に対する引渡しの請求(第60条)
賃借人などの占有者が義務違反行為を行っている場合に、専有部分の引渡しを請求できます。59条が区分所有者に対する措置であるのに対し、60条は占有者を直接の相手方とする措置です。引渡しを受けた管理組合は、遅滞なく区分所有者(賃貸人)にその専有部分を引き渡す必要があります。
こちらも58条・59条と同じく特別決議と弁明の機会の付与が求められます。宅建事業者が賃貸物件の仲介を行う場合、借主となる人物が将来こうした措置の対象となるリスクも念頭に置いた管理規約の確認が必要です。
参考:三井住友トラスト不動産「義務違反者に対する措置」用語解説
三井住友トラスト不動産 不動産用語集「義務違反者に対する措置」
区分所有法57条と標準管理規約67条の違い:宅建実務での混同リスク
宅建事業従事者がとくに誤りやすいのが、「差止め訴訟を起こすために総会決議が必要か、理事会決議だけでよいのか」という判断です。これは根拠条文が区分所有法57条か標準管理規約67条かによって正反対の答えになります。
区分所有法57条を根拠とする場合は、訴訟提起に総会の決議が必要です(57条2項)。また原告となるのは「管理者または集会で指定された区分所有者」です。
一方、標準管理規約(単棟型)67条3項を根拠とする場合は、「行為の差止め・排除・原状回復のための必要な措置の請求に関し、管理組合を代表して訴訟その他法的措置を追行すること」と規定されており、理事会の決議があれば訴訟を提起できます。総会決議は不要です。原告となるのは管理組合または管理者(理事長)です。
これは実務上かなり大きな違いです。標準管理規約に準じた規約を採用しているマンションであれば、理事会決議だけで差止め訴訟を起こせる可能性があります。標準管理規約に従わず区分所有法57条だけを根拠にすると、毎回総会を招集して決議を取る必要が生じ、迅速な対応ができなくなります。
さらに対象行為の範囲にも違いがあります。区分所有法57条は「共同の利益に反する行為」に限定されているのに対し、標準管理規約67条は①法令違反行為、②規約・使用細則等違反行為、③共同生活の秩序を乱す行為の3類型を対象としており、範囲が広く設定されています。使用細則で「相対的禁止事項」として明確に禁じている行為についても、標準管理規約67条を根拠にすれば差止め訴訟を提起できる点は、実務上の強力な武器になります。
主体(誰が動けるか)にも違いがあります。区分所有法57条では区分所有者の全員または管理組合法人が主体となるのに対し、標準管理規約67条では理事長が主体となって動くことができます。理事長が動けるということは、個々の区分所有者が直接動く必要がなく、管理組合として組織的・統一的に対応できるということです。
つまり、標準管理規約に準拠した規約を持つマンションのほうが、義務違反者への対応において機動性が高く、管理組合の運営コスト(時間・費用)を抑えやすい構造になっています。
参考:マンション弁護士サイト「区分所有法57条と標準管理規約67条の違い」
弁護士によるマンション管理ガイド「区分所有法57条と標準管理規約(単棟型)67条の違い」
弁明の機会と特別決議:実務で陥りやすい手続きの落とし穴
「弁明の機会を与える必要があるかどうか」は宅建試験や管理業務主任者試験でも頻出論点ですが、実務においても正確に理解していないと手続き上の瑕疵が生じます。結論は明快です。
行為停止等の請求(57条)には弁明の機会は不要です。使用禁止(58条)・競売(59条)・引渡し(60条)の3つには弁明の機会が必要です。これは財産権や居住権という重大な権利を制限・剥奪する措置であるため、当然の手続き保障といえます。
弁明の機会はどこで設ければよいのでしょうか。区分所有法58条3項には「あらかじめ、当該区分所有者に対し、弁明する機会を与えなければならない」とだけ定めており、総会の場での実施は求めていません。多くの人の前で弁明させることは当事者の心理的負担が大きく、理事長や役員と当該区分所有者が個別に面談する形で弁明の機会を設けることが実務的に合理的とされています。ただし、特別決議「前」に実施することが必須条件です。
特別決議の要件についても正確に把握しておく必要があります。使用禁止・競売・引渡しの訴訟提起には「区分所有者数の4分の3以上かつ議決権の4分の3以上」の賛成が必要です。これはマンション全体の4分の3というスケールです。たとえば50戸のマンションであれば38戸以上の賛成が必要で、これを集めることは相当のハードルです。
なお、令和7年(2025年)10月17日に公表された改正標準管理規約では、特別決議について「組合員総数および議決権総数の各過半数」の出席を定足数とする出席要件が新設されました(47条)。この改正は2026年4月の区分所有法改正施行に合わせたもので、宅建業者としても最新の規約内容の確認が求められます。
また、競売に関しては「判決確定から6か月以内に競売申立てをしなければならない」という期限(59条3項)も重要です。実際の競売手続きは申立てから配当まで1年前後かかることも多く、判決を得ても申立て期限を過ぎてしまうと権利行使ができなくなります。期限管理の観点から、弁護士等の専門家と連携して進めることが原則です。
宅建事業従事者が知っておくべき義務違反事例と実務対応の独自視点
義務違反者に対する措置は「最終手段」としての側面が強く、多くの場合は訴訟まで至る前に解決することが理想です。ここでは、宅建事業従事者が仲介業務や管理業務の現場で遭遇しやすい事例と、その初動対応のポイントを整理します。
📌 ペット禁止規約への違反(東京地裁平成8年7月5日判決:マンション・ペット事件)
管理規約でペット飼育を明確に禁止しているにもかかわらず、犬を飼育し続けた事例です。裁判所は「管理規約における禁止事項は区分所有者の管理組合に対する義務であり、管理組合は差止め訴訟を提起できる」として、犬の飼育禁止を命じる判決を下しました。
実務的なポイントは、売買仲介の場面で重要事項説明の際に「ペット禁止規約の存在と違反時の差止め訴訟リスク」を明確に説明することです。購入後に「知らなかった」とならないよう、使用細則の内容確認は必須です。
📌 専有部分の無断改造・シェアハウス転用
区分所有者が専有部分を多数の間仕切りで区切り、多数の居住者を住まわせていた事例があります。裁判所は区分所有法57条1項および管理規約に基づき、行為の禁止と間仕切りの撤去を認めました。こうした違法転用は、共用部分への出入りが増え、防犯・防火・衛生上のリスクを高めます。
宅建事業者が投資物件の仲介を行う場合、購入後に不適切な転用を行う買主が出るリスクを考慮し、管理規約の用途制限(専有部分は専ら住宅として使用する旨の条項など)を売買契約前に必ず確認・説明することが求められます。
📌 改修工事への協力拒否
総会で可決された改修工事(玄関扉外部の改修等)への協力を区分所有者が拒んだ事例では、「適式に議決された改修決議に従う義務がある」として管理組合の請求が認められました。これは「総会で決議された事項には区分所有者全員が拘束される」という原則を示す判例です。
📌 共有敷地内へのサンルーム無断設置
管理組合の共有物である敷地の一部にサンルームを無断で設置し、さらに駐車場として専用使用していた事例では、明け渡しと損害賠償が認められました。共用部分・敷地への工作物設置は、区分所有法上の「建物の保存に有害な行為」または「共同の利益に反する行為」に該当します。
以上の事例から宅建事業従事者が汲み取るべき視点は、「管理規約の禁止事項は裁判所も有効なルールとして認める」という点です。管理規約や使用細則は単なるマナーではなく、法的拘束力を持つルールとして機能します。購入者・賃借人に対してその実効性をしっかりと説明することが、トラブル防止に直結します。
管理規約の内容が複雑でわからない場合は、国土交通省が公表している標準管理規約を参照しながら、マンション管理士や弁護士に照会する体制を整えておくことが有効です。特に義務違反者への措置に関する訴訟は、法的手続きの順番・要件の誤りが致命的なリスクになるため、初動から専門家と連携して対応することが最良の選択です。
参考:横浜マンション管理・FP研究室「標準管理規約第66条の解説」
参考:令和7年マンション標準管理規約改正の概要(国土交通省PDF)