利用権設定の廃止理由と宅建事業者が知るべき農地貸借の新ルール
利用権設定の契約が残っていても、満了後に更新すると違反になる場合があります。
利用権設定とは何か・廃止前の制度の全体像
利用権設定とは、農業経営基盤強化促進法(以下「基盤法」)に基づいて、農地の貸し手と借り手が相対で賃料や契約期間を決め、農業委員会の決定・公告を経て農地に賃借権などの権利(利用権)を設定する仕組みのことです。農地法3条の許可を受けることなく農地の貸し借りができる点が最大の特徴であり、長年にわたって農地貸借の主流を担ってきました。
令和2年度に行われた農林水産省の調査によると、農地の貸し借り方法のうち利用権設定が全体の約8割を占めており、農地中間管理機構(農地バンク)を介した賃借や農地法3条許可を大きく上回る実績がありました。つまり、農地が動く場面の8割に利用権設定が絡んでいたことになります。日本の農地面積(約430万ha)の大部分の貸借を支えていたといっても過言ではありません。
つまり「農地を貸すといえば利用権設定」が業界の常識でした。
この仕組みが令和5年(2023年)4月1日施行の基盤法改正によって廃止対象となり、経過措置期間(令和7年3月31日まで)を経て、令和7年(2025年)4月1日をもって正式に廃止されました。宅建事業者が農地絡みの取引・相談を受ける場面では、この変化を正確に把握しているかどうかが、顧客への説明品質を左右します。
なお、利用権設定が廃止されたからといって、廃止前に締結済みの契約が即座に無効になるわけではありません。令和7年4月1日以前に設定した利用権は、その貸借期間が満了するまでは引き続き有効です。これが条件です。
農林水産省「農地をめぐる事情について」|農地の権利移動の許可基準と各手続きの概要を確認できます
利用権設定の廃止理由・農地集積率8割目標が達成できなかった背景
廃止の最大の理由は、農地の「担い手への集積」が政策目標に達しなかったことです。政府は「日本再興戦略」(平成25年閣議決定)の中で、令和5(2023)年度までに担い手への農地集積率を8割に引き上げるという目標を掲げていました。しかし実態はどうだったでしょうか?
農林水産省の調査によると、令和4(2022)年度の担い手への農地集積率は約58.9%、令和5年度は約60.4%にとどまりました。目標の8割には遠く及ばず、2023年度末の目標達成とはなりませんでした。令和6(2024)年度は過去最高となる3.4万ha増で61.5%まで伸びましたが、それでも目標との乖離は大きい状況です。
達成できなかった理由は数字だけでは語れません。利用権設定が「貸し手と借り手の相対契約」を基本としていたため、農地が分散したまま小口で貸し出される構造が固定化されていたことが根本的な課題でした。耕作者が遠く離れた飛び地の農地を少しずつ借り増ししても、移動コストや農作業の非効率さは解消されないからです。
厳しいところですね。
社会的な背景も重要です。農業就業者のうち60歳以上が5割以上を占めており、今後この世代の大量リタイアが見込まれます。三菱総合研究所の試算では、このまま推移すると2050年には農業経営体数が18万経営体(2020年比で約83%減)まで縮小し、食料自給率はカロリーベースで29%まで低下するとされています。2020年時点で107万経営体、自給率37%ですから、その落ち込みは相当深刻です。
こうした危機感を背景に、農地を農業の担い手に効率よく集積・集約するためには、相対の利用権設定ではなく農地バンクを介した一元的な管理が必要だと判断されました。農地バンクは個々の農地をまとめて受け取り、担い手にまとまった形で貸し出せるため、農地の集約化(分散した農地を集約して効率化する)に大きな効果を発揮します。農地集積率6割の壁を突破するための「制度のアップデート」が今回の廃止理由の本質です。
内閣府「農地の集約化と有効利用に向けた取組の状況」(令和8年1月)|農地集積率の推移と今後の方針が詳細にまとめられています
利用権設定の廃止後に既存契約はどうなるか・期間満了後の手続きの流れ
廃止後の既存契約についての扱いは、現場で最も誤解が多いポイントです。整理すると次のようになります。
まず、令和7年3月31日以前に締結した利用権設定の契約は、その貸借期間が満了するまでの間は有効です。契約の途中でいきなり無効になることはなく、農地の返還を求められるわけでもありません。これは安心していい点です。
問題は契約期間が終わったあとです。令和7年4月1日以降は、利用権設定による新規契約も更新も一切できません。期間満了を迎えた契約を引き続き農地を借りたい場合は、①農地バンク(農地中間管理事業法)を介した賃借か、②農地法3条許可を受けた賃借の2択に移行する必要があります。
これが原則です。
「契約満了まであと3年あるから後でいいか」と放置していると、満了後の移行手続きが滞り、農地の耕作ができない空白期間が生じるリスクがあります。特に農地バンクを経由する場合、マッチングが成立してから利用権が設定されるまで2〜3か月程度かかることが多いため、満了の半年前には農業委員会や農地バンクへの相談を開始しておくのが現実的な目安です。
なお、農地法3条の許可による賃借を選択した場合、利用権設定とは仕組みが異なります。農地法3条では契約期間満了前に貸し手が解約の意向を伝えなければ自動更新となる点に注意が必要です。一方、農地バンクを経由した場合は再契約手続きがなければ契約終了となるため、「うっかり自動更新」を避けやすいという面もあります。どちらを選ぶかは耕作者・農地所有者それぞれの状況によって異なるため、農業委員会での個別確認が必須です。
埼玉県「令和7年4月から農地の貸借方法が変わります」|既存の利用権設定契約の扱いと移行手続きが図解で説明されています
農地バンク経由の貸借の実務・メリットと手数料の注意点
農地バンク(農地中間管理機構)は都道府県ごとに設置されている公的な機関で、農地の貸し手から農地を借り受け、担い手(借り手)に転貸する仕組みです。全国すべての都道府県に1機関ずつ設置されており、窓口は農業委員会または農地バンクのどちらでも相談できます。
貸し手にとっての最大のメリットは、「賃料の確実な振込」と「期間満了後の農地の確実な返還」です。利用権設定でも返還は保証されていましたが、農地バンクを介することで仮に借り手がいなくなっても農地バンクが管理してくれる点が異なります。また、全農地を農地バンクに貸し付けた場合、固定資産税が最大1/2に低減される税制優遇(10年以上の貸付で3年間、15年以上の貸付で5年間)も魅力的です。
これは使えそうです。
借り手にとっては、複数の農地所有者から農地を借りる場合でも賃料の支払い先が農地バンク1か所に集約されるため、事務コストが大幅に削減される点が大きなメリットです。10人の地権者と個別に賃料の支払いをやり取りする手間が、農地バンクへの一括払いで済むようになります。
一方、見落としがちなデメリットもあります。2025年4月時点で、静岡県など9県の農地バンクが手数料の徴収を開始しており、貸し手・借り手の双方から賃料の0.5〜1%程度を徴収するケースが増えています。農地バンクへの委託が増加する一方、国からの補助が不足しているためです。地域によっては無償のところもありますが、今後拡大する可能性があるため、利用する際は各都道府県の農地バンクに手数料の有無を事前確認することを推奨します。
また、農地バンクを経由した賃借期間は原則5年以上(おおむね10年以上が推奨)のため、短期での貸し借りには向いていません。市街化区域の農地は農地バンクの対象外である点も注意が必要です。市街化区域内の農地を賃借したい場合は、農地法3条許可のルートを選ぶことになります。
農林水産省「農地中間管理機構」|都道府県別の農地バンク一覧と制度の概要が確認できます
農地付き空き家の取引と利用権設定廃止が宅建業者の実務に与える影響
宅建事業者にとって特に影響が大きいのが、「農地付き空き家」の取引場面です。地方移住の需要が高まる中で、農地付き空き家の取引件数は増加傾向にあります。国土交通省も空き家バンクとの連携を推進しており、宅建業者が農地絡みの取引を担う機会は今後ますます増えていくでしょう。
農地付き空き家を売買または賃貸借する際の実務の流れは次の通りです。空き家バンクでの物件登録・公開を経て、利用希望者と売買・賃貸借の交渉を進める段階で、宅建業者による媒介が入ります。その後、農業委員会において農地の権利取得に係る農地法3条の許可手続きが行われる順番になります。
農地法3条の許可を受けるためには、「農地のすべてを効率的に利用すること」「必要な農作業に常時従事すること」「周辺の農地利用に支障がないこと」などの要件を満たす必要があります。許可が下りなければ農地の権利移転の効力は生じないため、重要事項説明においてこの点を丁寧に伝えることが不可欠です。
許可がないと売買契約は無効になります。
なお、令和5年の農地法改正により、農地の取得後の面積の合計が50a(北海道は2ha)以上でなければならないという下限面積要件が廃止されました。これにより、空き家に付随する小規模な農地(例えば数十㎡〜数百㎡程度)でも、別段の面積指定を経ることなく農業委員会の許可を受けられるようになり、農地付き空き家の取引が格段に進めやすくなっています。
利用権設定の廃止という変化は、農地付き空き家に関しても「農地バンク経由または農地法3条許可の2択」という整理が明確になったことを意味します。宅建業者としては、物件に農地が含まれる場合、その農地が市街化区域か調整区域かを確認した上で、適切な手続きルートを顧客に案内できるよう、農業委員会との連携体制を整えておくことが実務上の安心につながります。
国土交通省「『農地付き空き家』の手引き」|農地付き空き家の売買・賃貸借の手続きの流れと宅建業者の役割を詳しく解説しています

不動産の表示・所有権保存の登記マニュアル 不動産登記シリーズ1/勝田一男(著者)
