越境物の覚書ひな形と作成手順・必須条項を徹底解説
覚書に「継承義務」を書いても、新所有者が拒否すれば法的拘束力はゼロです。
越境物の覚書とは何か:宅建事業従事者が押さえる基礎知識
越境物の覚書とは、隣地との境界線を越えた構造物や設備について、当事者双方が越境の事実を確認し、現状の取り扱いや将来の撤去方針について合意したことを書面化した文書です。屋根の庇(ひさし)やブロック塀、雨樋、樹木の根、地中の水道管・ガス管など、意外と多くの「越境物」が実際の物件調査で見つかります。
宅建事業従事者として重要なのは、越境物がそのまま放置された状態では民法第207条が根拠となる「所有権に基づく妨害排除請求権」が発生しうるという点です。つまり、被越境側の土地所有者はいつでも撤去を請求できる状態にあります。覚書はこの請求権の行使を当面猶予してもらうための合意書であり、単なる「仲良しの確認文書」ではありません。
また、越境物が存在する物件の売却では、住宅ローンの審査に影響が出ます。担保評価が下がるため、金融機関によっては融資を渋るケースがあります。覚書があると「将来的に解消される見込みがある」という評価が反映されやすくなり、買主側の資金調達をスムーズにする効果があります。これは仲介実務において非常に重要な点です。
宅建業法第35条に基づく重要事項説明においても、越境物の存在は説明すべき事項に含まれます。東京地裁平成25年1月31日判決では、契約締結後に越境の事実が判明した場合でも、仲介業者には引渡し前に買主への説明義務があるとされました。つまり、契約締結時点で知らなくても、後から発覚した時点で速やかに開示しなければ説明義務違反となり得ます。覚書の有無に関わらず、越境の事実を知った時点での対応が問われるのです。
説明義務違反が認められます。
参考リンク(全日本不動産協会:仲介会社の越境についての説明義務・判例解説)
越境物の覚書ひな形:記載すべき4つの必須条項
覚書のひな形には決まったフォーマットがありませんが、実務で通用する内容にするには最低4つの条項が必要です。1つでも欠けると、将来のトラブル防止という目的を果たせなくなります。
まず1点目は「越境物の事実確認」です。どの物件が、どの境界線をどの程度越えているかを具体的に記載します。「甲所有建物の雨樋・集水器の一部が乙所有地に越境していること」のように、構造物の種類を特定することが重要です。別紙として確認図(現況平面図)を添付すると、後日の争いを防ぐ効果が高まります。測量図がある場合はその作成日と作成者名も明記するのが実務上の慣行です。
2点目は「現状使用の承認」です。越境を発見したからといって即座に撤去を求めるのが必ずしも最善ではありません。現状を承認するという文言を入れることで、被越境側の土地所有者が当面の間撤去請求を行わないことを確約します。この条項が入っていないと、覚書を締結しても撤去請求が可能な状態が続くため、越境物の所有者側に不安が残ります。双方の合意を形成するためにも欠かせない条項です。
3点目は「撤去条件(将来是正の約束)」です。一般的には「建て替えや改築の際に、自己の責任と費用負担によって越境物を撤去する」という内容が用いられます。「いつ」「誰の費用で」「どのように」解消するかを具体的に書くほど、後のトラブルを防げます。
4点目は「覚書の継承義務」です。土地や建物が第三者に譲渡された場合、この覚書の内容を新所有者に引き継がせる旨を記載します。これが最も見落とされやすい条項であり、後述するように法的な落とし穴が潜んでいます。
ひな形の文例を整理すると、以下のような構成が基本になります。
| 条項番号 | 内容 | 記載のポイント |
|---|---|---|
| 第1条 | 越境物の事実確認 | 越境物の種類・箇所を特定し、確認図を別紙添付する |
| 第2条 | 現状使用の承認 | 現状変更がない限り撤去請求をしないと明記する |
| 第3条 | 将来の撤去条件 | 建て替え・改築時に自己負担で撤去することを約束する |
| 第4条 | 覚書の継承義務 | 第三者への譲渡時に新所有者へ内容を引き継がせると記載する |
なお、覚書は2通作成し、甲・乙それぞれが記名・押印のうえ1通ずつ保管するのが原則です。
原則は2通保管です。
参考リンク(実際の越境覚書ひな形PDF:伊丹市公式)
越境物の覚書ひな形の「継承条項」だけでは不十分な理由
多くの宅建事業従事者が見落としているポイントがあります。覚書に「第三者に譲渡する際は本覚書を承継させるものとする」と書いたとしても、それは旧所有者に対して承継義務を課しているだけであり、新所有者を法的に拘束するわけではないのです。
これは非常に重要な実務上の注意点です。
実際に、越境に関する覚書内容が争われた判例(不動産適正取引推進機構の研究資料)では、「覚書の規定は、所有権の譲渡人が譲受人にその内容を承継させる義務を相手方当事者に負うという効果があるだけである」と整理されています。つまり、新所有者が「知らない、引き継がない」と主張した場合、覚書の直接的な効力は新所有者には及ばないケースがあるのです。
ではどうすればよいのでしょうか?
実務上の対策として有効なのは、土地売買契約書の本文に「本覚書の内容を買主が承継することに同意する」旨を明記することです。売買契約と一体化することで、新所有者が覚書の義務を引き受けたことが明確な証拠として残ります。これは売主・仲介業者の双方が連携して対処すべき事項です。
また、隣地も売買される場合は、改めて新所有者との間で覚書を締結し直すことが最も確実な対応です。弁護士や土地家屋調査士と連携し、売買時点でこの確認を怠らないことが、宅建事業従事者としてのプロ対応と言えます。
参考リンク(不動産適正取引推進機構:越境物の撤去承継合意文書の有効性に関する研究)
不動産適正取引推進機構|越境されているビルの売買に伴う撤去承継合意文書の有効性
越境物の覚書ひな形作成で陥りがちな時効取得リスクと対策
越境物の覚書には、時効取得の進行を止める「承認」としての効力があります。民法第162条によれば、他人の土地を20年間(善意・無過失なら10年間)平穏公然と占有し続けた場合、その土地の所有権を取得できます。これが「取得時効」です。越境物がある状態を放置すると、知らないうちに土地の一部を隣人に取られてしまうリスクがあります。
ここで重要なのが民法第152条の「承認による時効の更新」です。覚書に双方の署名・押印を行うことは「越境物の所有者が被越境地の所有権を認めた」という法的な意思表示(承認)に該当し、時効のカウントをゼロに戻す効果があります。
ただし、ここに見落とされがちなリスクがあります。
時効の更新はあくまで「カウントをリセットする」だけです。その後また20年間が経過すれば、再び時効取得が成立します。一度覚書を締結したからといって永遠に安心できるわけではありません。以下のスケジュール管理が現実的に必要になります。
- ✅ 覚書締結後、10年ごと(善意占有の場合)または20年ごとに「承認の更新」を行う
- ✅ 土地の相続・売買が発生するたびに覚書の内容を新所有者に引き継ぐ手続きをする
- ✅ 覚書の締結日と更新時期を台帳などで管理し、失効を防ぐ
宅建事業従事者として売主から越境物のある土地の売却依頼を受けた場合、「以前覚書を作りました」という説明だけで安心してはなりません。その覚書がいつ作成されたのか、現所有者に承継されているかを必ず確認することが重要です。覚書の締結日から20年以上経過していれば、時効の再成立リスクがある物件として慎重に扱う必要があります。
参考リンク(民法162条・152条の条文:e-Gov法令検索)
越境物の覚書ひな形を作成するための手順と費用の目安
覚書を作成する流れは、大きく分けて「測量・越境物特定」「協議」「覚書の作成」という3段階です。それぞれの実務ポイントと費用感を整理します。
まず最初に行うのが、土地家屋調査士への依頼です。越境物がどの範囲にどの程度及んでいるかを客観的に把握するには、境界確定の測量と越境物調査が必要です。土地家屋調査士は「境界を確定し、登記に関する業務を行う国家資格者」であり、覚書作成の代行もできます。土地家屋調査士の探し方は、日本土地家屋調査士会連合会のWebサイトから会員検索システムを利用するのが確実です。
費用についての目安は以下のとおりです。
| 作業内容 | 費用相場 | 備考 |
|---|---|---|
| 確定測量(民民立会い) | 35万〜80万円 | 土地の面積・形状・隣接数により変動 |
| 越境物調査 | 15万〜30万円 | 確定測量に加算されるケースが多い |
| 覚書の作成(単体) | 3万〜5万5千円 | 境界確定済みの場合に単体で依頼可能 |
境界が既に確定している物件であれば、越境物調査と覚書作成のみの依頼で済むため、費用を大幅に抑えられます。相場は15万〜30万円程度が目安です。これは、はがき横幅(約10cm)程度の越境でも総額がかかる作業であるため、売主・買主どちらが費用を負担するかについても、売買交渉の段階で明確にしておくことが重要です。
費用負担の確認が条件です。
次に、隣地所有者との協議です。越境物の所有者・被越境地の所有者の双方が「いつ」「どのような条件で」解消するかについて合意を得る必要があります。この協議を丁寧に行うことが、その後の覚書の実効性に直結します。強引な交渉は隣人トラブルに発展し、場合によっては告知義務が生じる物件に変わりかねないため、慎重な対応が求められます。
覚書の作成自体は書式の自由度が高く、土地家屋調査士が作成した図面と合わせて交わすのが一般的な流れです。
参考リンク(日本土地家屋調査士会連合会:会員検索システム)
越境物の覚書ひな形を使う際の独自視点:「被越境側」の覚書戦略
覚書に関する解説の多くは「越境物の所有者(越境している側)」を主語にした内容ですが、宅建事業従事者として意識すべき視点があります。それは「被越境側(越境されている土地の所有者)」が能動的に覚書を活用する戦略です。
被越境側が何もしないでいると、先述のとおり時効取得のリスクが積み重なります。これはつまり、自分が「被害者」の立場にいるのに放置することで、徐々に自分の土地が削られていくという状況です。これは意外ですね。
被越境側が積極的に覚書を求め、定期的に更新する戦略には以下のような実務上のメリットがあります。
- 🔒 時効取得の進行をリセットできる(民法152条の承認活用)
- 📋 将来の撤去時期を明確にでき、建替え計画への影響を最小化できる
- 🏦 物件売却時に「覚書あり」と明示することで担保評価を保ちやすくなる
- ⚖️ 仲介業者としての重要事項説明義務を果たす根拠資料として活用できる
また、売買仲介を行う際、売主から「隣地の庇が少し越境しているが覚書はない」と告げられた場合、仲介業者にはその事実を買主に説明する義務があります。さらに一歩進んで、売主に対して「売買前に覚書を締結することで物件の評価が保たれる」と提案することは、プロとしての付加価値の提供にもなります。覚書の取得を売買条件の一つとして契約書に盛り込む実務も増えています。
越境問題の解消が困難な場合や、隣地所有者が覚書への協力を拒む場合には、専門の不動産買取業者(訳アリ物件の取り扱いに特化した業者)への売却という選択肢も視野に入れておくと、提案の幅が広がります。これは売主の選択肢を守る意味でも覚えておきたい知識です。
これは使えそうです。
参考リンク(川越・若葉区の弁護士:越境物の覚書のポイント・注意点)
こころグループ法律事務所|越境物の覚書のポイント・注意点(弁護士解説)

石田和靖 / 「 越境3.0 」境界線を越えて未来を創る行動哲学
