所有者不明建物管理命令とマンションの専有部分管理制度を徹底解説
民法の所有者不明建物管理命令を使えばマンションの放置部屋も解決できると思っているなら、今すぐその認識を改める必要があります。
所有者不明建物管理命令がマンションに適用されない理由と法的根拠
令和5年4月1日に施行された改正民法によって、「所有者不明建物管理命令」(民法264条の8)が新設されました。所有者が不明、または所在を知ることができない建物について、利害関係人が地方裁判所に申し立て、裁判所が管理人を選任して管理・処分まで行わせる制度です。
しかし、この制度にはマンション実務にとって致命的な落とし穴があります。
区分所有法6条4項は「民法第264条の8及び第264条の14の規定は、専有部分及び共用部分には適用しない」と明記しており、マンションのような区分所有建物の専有部分・共用部分には、民法の所有者不明建物管理命令が一切使えないのです。この規定は令和3年の法改正と同時に区分所有法に追加されました。
つまり、隣の部屋の所有者が行方不明になり管理費も滞納し放置状態になっていても、民法の管理命令制度をマンションに適用することはできません。これが原則です。
では、なぜこのような除外規定が設けられたのでしょうか。マンションは専有部分と共用部分が複雑に絡み合う権利構造を持ち、一つの専有部分の管理が他の区分所有者や管理組合全体に影響します。そのため、区分所有建物については別途、区分所有法の体系の中で専用の管理制度を整備することが適切と判断されました。
なお、棟割長屋(連棟式建物)など、一般には「マンション以外」と思われる建物も区分所有建物に該当する場合があります。区分所有法の適用の有無は、登記の形式や建物の構造によって判断されるため、個別の確認が必要です。これは覚えておくべき実務ポイントです。
参考として、大阪地方裁判所が公開しているQ&Aには、この適用除外の根拠と申立要件が整理されています。実務上の手引きとして活用できます。
📄 大阪地方裁判所:所有者不明土地・建物管理命令申立てについてのQ&A(令和6年10月改訂)
令和8年4月施行の改正区分所有法で新設された「所有者不明専有部分管理命令」の全貌
令和7年5月に成立した「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」により、区分所有法に「所有者不明専有部分管理命令」(改正後46条の2)が令和8年4月1日から新設されました。これは、マンション専有部分のために専用設計された財産管理制度です。
従来、マンションで所有者不明の部屋に対処するには、民法上の「不在者財産管理人制度」(民法25条1項)や「相続財産清算人制度」を使うしかありませんでした。これらは不在者や相続人の財産全体を管理対象とするため、裁判所への予納金が高額になり、専有部分1室の管理という限定的な目的に対して利用者の負担が極めて重いという問題がありました。予納金は一般的に10〜50万円程度かかるとされており、専有部分の問題解決のためだけに使うには現実的なハードルが高い状況でした。
新制度では、区分所有者の所在が不明な専有部分について、利害関係人(管理組合の理事長、隣室の区分所有者など)が地方裁判所に申し立てることで、所有者不明専有部分管理人が選任されます。管理人に専属する権限の範囲が法律上明確化されており、以下のように非常に広い管理・処分権が与えられます。
| 権限の種別 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 保存行為 | 裁判所許可不要で単独実施可能 |
| 利用・改良行為 | 性質を変えない範囲で単独実施可能 |
| 処分行為(売却など) | 裁判所の許可が必要 |
| 議決権行使 | 集会(総会)での議決権行使が可能 |
| 動産管理 | 専有部分内の動産(家具・ゴミ等)も管理権限の対象 |
特に注目すべきは、所有者不明専有部分管理人が集会での議決権を行使できる点です。これは後述する「管理不全専有部分管理人」にはない権限で、所有者の代わりに建替え決議等の重要議案にも一定の形で関与できます。制度の使い分けが実務上重要です。
参考として、改正区分所有法の解説と管理組合向けの実務対応をまとめたマンション管理士によるコラムが参考になります。
所有者不明専有部分管理命令の申立要件と手続きの流れ
新制度を活用するには、以下の要件をすべて満たす必要があります。要件を正確に把握しておくことが基本です。
まず、「区分所有者を知ることができない、またはその所在を知ることができない」こと。これは単に連絡が取れないというレベルではなく、住民票・戸籍・転出先調査など一定の調査を尽くしたうえで所在が確認できない状態を指します。所有者が判明していても所在不明であれば対象となりえますが、その逆に、調査すれば所在が明らかになる場合は要件を満たしません。
次に「管理命令の必要性があること」が求められます。単純に所有者と連絡が取れないだけでは不十分で、管理費の長期滞納、ゴミ放置による悪臭・衛生被害、漏水放置、危険な状態での放置など、管理上の問題が具体的に生じていることが前提となります。
申立ての実務フローは以下の通りです。
1. 理事会決議:理事長が地方裁判所へ申立てをするには、標準管理規約67条の4に基づき理事会の決議が必要。
2. 申立書・資料の準備:登記事項証明書、固定資産評価証明書、所有者探索の調査報告書、現況調査報告書(写真付き)など。
3. 申立費用の納付:申立手数料として不動産1個につき収入印紙1,000円、郵便切手6,150円分(大阪地裁の場合)。加えて管理費用や管理人報酬を含む予納金が別途必要。
4. 裁判所による公告(異議申出期間:1か月以上)。
5. 管理人選任・命令発令:裁判所が管理人(弁護士等)を選任。申立人からの推薦は原則受け付けない。
6. 管理人による管理開始:保存行為・利用改良行為は単独実施可能。売却等の処分行為には裁判所の許可が必要。
費用負担について整理しておきましょう。管理組合が先行して予納金等を立て替えますが、標準管理規約67条の4第4項・5項に基づき、当該専有部分の区分所有者に対して管理経費・弁護士費用等を請求できます。また、回収した費用は管理費として会計処理が可能です(標準管理規約27条)。
申立先は、対象専有部分の所在地を管轄する地方裁判所です。かつては家庭裁判所と混同されることもありましたが、正確には地方裁判所への申立てとなります。誤った申立先に提出してしまうと手続きが遅延するため、注意が必要です。
⚖️ 立川・及川・野竹法律事務所:所有者不明専有部分管理制度の詳細解説(改正区分所有法46条の2)
所有者不明と管理不全の2種類の管理命令の違いと使い分け
令和8年4月から始まる改正区分所有法には、専有部分に関する管理命令が「所有者不明型」と「管理不全型」の2つ用意されています。似た制度ですが、性質が根本的に異なります。
所有者不明専有部分管理命令(改正後46条の2)は、区分所有者の所在や氏名が確認できない場合に使う制度です。所有者が存在するのかどうかも不明、あるいは所在が追跡できない状態を前提とします。この管理人には集会(総会)での議決権行使権限が認められており、建替え決議を含む重要議案にも関与できます。
一方、管理不全専有部分管理命令(改正後46条の8)は、区分所有者の所在は判明しているが、その管理が著しく不適当で他人の権利・利益が侵害されている(または侵害のおそれがある)場合に使います。ゴミ屋敷化した部屋、長期放置による漏水の原因となっている部屋など、「所有者はわかっているが動かない」という典型的なトラブルに対応します。ただし、管理不全専有部分管理人には議決権行使の権限は与えられていません。これは重要な違いです。
| 比較項目 | 所有者不明型 | 管理不全型 |
|---|---|---|
| 対象となる状況 | 所有者不明・所在不明 | 所有者判明だが管理不適当 |
| 議決権行使 | ✅ 可能 | ❌ 不可 |
| 対象 | 専有部分・動産・敷地利用権等 | 専有部分に限定 |
| 申立権者 | 利害関係人 | 利害関係人 |
さらに、共用部分が危険な状態にある場合には管理不全共用部分管理命令(改正後46条の11)という第3の制度もあります。管理組合が機能不全に陥り役員不在・紛争等で共用部分が危険な状態になっているケースに対応します。
この3種類の制度を混同すると、実際に申立てた際に「要件を満たさない」と判断されたり、本来使えるはずの権限(議決権行使など)を見落としたりするリスクがあります。現場の状況を正確に把握したうえで、どの制度を使うかを弁護士等と事前に確認することが重要です。
⚖️ EMG総合法律事務所:所有者不明建物管理命令・管理不全建物管理命令と区分所有建物との関係
宅建業者が実務で押さえるべき法改正の影響と対応ポイント
令和8年4月の改正区分所有法施行は、宅建業者の日常業務にも複数の影響をもたらします。ここでは、実務上の対応ポイントを整理します。
重要事項説明への影響については、改正内容に連動して宅建業法施行規則も改正されました。令和8年4月1日以降、マンションが「管理業者管理者方式」を導入している場合、購入希望者への重要事項説明で「管理業者管理者方式を採用していること」の説明が義務化されます。導入していない場合は説明義務はありませんが、採用している場合は正確な説明が必要です。対象マンションを扱う際は、管理形態の確認を徹底することが必要な場面が増えます。
管理組合からの相談対応という観点でも、宅建業者・宅建士が知識を持っておく実益があります。所在不明の区分所有者がいるマンションの売買仲介を行う場合、買主への説明材料として「所有者不明専有部分管理命令という対処手段が存在すること」を伝えられると、取引の安心感が高まります。
「所在等不明区分所有者の除外」制度も覚えておきましょう。改正区分所有法38条の2では、裁判所が「所在等不明区分所有者」と認定すれば、その人物を集会決議の母数(分母)から除外できます。これにより、所在不明の区分所有者が存在しても管理組合の意思決定が止まりにくくなります。たとえば、10戸のうち2戸の所有者が所在不明の場合、従来は10戸全員を分母として決議要件を計算していたところ、改正後は最大で8戸を分母として計算できるようになります。つまり、これは使えそうな制度です。
また、建替え決議の要件緩和も注目すべき改正点です。従来は区分所有者および議決権の5分の4以上の賛成が必要でしたが、耐震性不足・外壁剥落の危険・給排水管腐食など5つの「一定の客観的事由」のいずれかに該当する場合は、4分の3以上に引き下げられました。老朽マンションを取り扱う際の情報として、顧客への説明に活用できます。
宅建試験という観点でも、これらの改正区分所有法の内容は令和8年度(2026年度)の試験から出題対象となっています。受験生を抱える事務所・スクール関係者にとっても、正確な知識の整理が急務です。
改正区分所有法の全体像と不動産売買への影響については、以下の解説ページが参考になります。
🏠 三井住友トラスト不動産:区分所有法の改正について|不動産売買の法律アドバイス
📖 不動産流通システムREDS:令和8年4月1日施行「改正区分所有法」解説(管理の円滑化)

民法・不動産登記法改正で変わる相続実務 ~財産の管理・分割・登記
