セカンダリー取引とスタートアップの株式売買を徹底解説
セカンダリー取引で現金化できるのは「投資家だけ」と思っているなら、あなたは数百万円規模の機会損失をすでに生んでいるかもしれません。
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セカンダリー取引とスタートアップにおける基本的な定義
セカンダリー取引とは、すでに発行された株式を既存株主が第三者(新規投資家など)へ売却する取引のことを指します。スタートアップ文脈では「未上場企業の株式売買」を意味することがほとんどです。
企業が新株を発行して資金を調達するプライマリー取引(一次取引)と、根本的な仕組みが異なります。プライマリー取引では資金が会社に入りますが、セカンダリー取引では会社ではなく、売却した株主の手元に現金が入ります。
この仕組みを整理すると非常にシンプルです。
| 項目 | プライマリー取引 | セカンダリー取引 |
|---|---|---|
| 資金の流れ先 | 会社(法人) | 売却した既存株主 |
| 株式の種類 | 新たに発行した株式 | すでに発行済みの株式 |
| 会社への資金増加 | あり | なし |
| 目的 | 事業資金の調達 | 既存株主のキャッシュアウト |
つまり「セカンダリー=会社への資金調達」ではない点が重要です。
スタートアップのセカンダリー取引に関わる主な登場人物は、①創業者・役員、②従業員(ストックオプション保有者)、③VCやエンジェル投資家、④新規投資家の4者です。それぞれが異なる目的でこの取引に参加します。創業者はリスク分散や生活資金の確保を目的とし、VCはファンドの運用期間に合わせた一部回収を行い、従業員はストックオプション(SO)の現金化を求める、といった具合です。
関係者ごとに利害が交差するのがセカンダリー取引の特徴です。
スマートラウンド証券:スタートアップとセカンダリーマーケット(経営者・人事・バックオフィスの各視点を詳細解説)
セカンダリー取引がスタートアップ業界で急増した背景と現状
2025年のスタートアップのセカンダリー取引額は約88億円と、前年比8倍にまで急増しました(日本経済新聞「NEXTユニコーン調査」、2026年1月発表)。まるでここ数年で別の市場に変わったかのような勢いです。
この急拡大の背景には、大きく3つの要因があります。
まずIPOのハードル上昇です。上場審査の厳格化により、スタートアップが上場を果たすまでの年数が延びてきました。創業から上場まで10年以上かかるケースが珍しくなくなり、その間に株主がキャッシュアウトできる手段が必要になりました。
次にVCのファンド期限問題です。VCファンドには一般的に10年程度の運用期限があり、期限が近づくと投資先が未上場でも回収を迫られます。セカンダリー取引はその「逃げ道」として重要な役割を担っています。
さらに法制度の整備が急速に進んでいます。2024年(令和6年度)の税制改正で、税制適格SOの保管委託要件が撤廃され、上場前でもSOを行使できる環境が整い始めました。政府のスタートアップ育成5か年計画の中でもセカンダリーマーケットの整備が明記されており、官民一体での市場拡大が進んでいます。
これらが重なった結果、取引規模が短期間で爆発的に伸びたということです。
米国ではすでにセカンダリー市場が成熟しており、Nasdaq Private Marketは2025年に100億ドル(約1.5兆円)規模のテンダーオファー取引を見込むと発表しています(前年比53%増)。Facebookが未上場時代に2,000億円超の取引が行われたことを契機に市場が拡大したという歴史的背景も参考になります。日本はまだ黎明期ですが、米国の軌跡を追う形でセカンダリー市場が育ちつつあります。
セカンダリー取引のスタートアップにおける活用シーンとメリット
セカンダリー取引がどんな場面で活用されるのか、登場人物ごとに整理すると理解が深まります。
創業者・役員のミニイグジットとして活用されるケースが最も多いです。会社を売却したり上場したりする前に、保有株の一部を売却して手元資金を確保します。住宅ローンの頭金、子どもの教育費、新規事業への個人投資など、「生活を安定させながら起業を続ける」という現実的なニーズがあります。これは投資家への印象を悪化させる行為ではなく、世界標準の手法です。
VCのファンド運用最適化としても重要です。ファンド期限を迎えたVCが、既存の投資先株式を他の投資家へ売却するケースです。スタートアップにとっても「ファンド期限切れで焦って上場させられる」というプレッシャーが減る効果があります。
近年注目されているのがミックスディールという手法です。これは新株発行(プライマリー取引)と既存株式の譲渡(セカンダリー取引)を同時に行う仕組みで、SmartHR、カケハシ、10Xなどの成長企業が活用しています。買い手の新規投資家は、普通株式の加重平均取得単価を下げることができ、売り手の既存株主は回収機会を得て、会社は資金を調達できる「三方よし」の構造です。
従業員のSO現金化という活用シーンも増えています。詳しくは次のセクションで解説しますが、上場前にSOを行使・売却できるようになることで、優秀な人材のリテンション(引き留め)や採用力の向上にも直結します。
米国の調査データによると、セカンダリー制度を導入した会社は、導入していない会社と比べて内定承諾率が10%以上高いという報告もあります。
スタートアップ従業員のストックオプション売却とセカンダリー取引の意外な関係
ここは、多くの人が「どうせ自分には関係ない」と思いがちな部分です。実はそれが大きな誤解です。
スタートアップで働く従業員がSOを保有している場合、従来は「IPOかM&Aが実現するまで一切現金化できない」という状況でした。しかし令和6年度税制改正で、税制適格SOの保管委託要件が撤廃され、上場前の行使が制度上可能になりました。
これがセカンダリー取引と組み合わさることで、「SOを行使して取得した株式 → セカンダリー取引で売却 → 現金化」という流れが生まれます。
実際にNstockが日本のあるユニコーン企業でアンケートを実施したところ、対象者の約8割の従業員が「将来性を感じており、資金があれば自社株を買い増したい」と回答したというデータがあります。売りたい人ばかりではなく、買いたい人も多いという点は意外です。
ただし、いくつかの条件がそろわないと現実的ではありません。まず「上場前に行使できる税制適格SO」が発行されているか確認が必要です。令和6年度改正後でも、すべてのスタートアップが対応済みとは言えません。ベスティング条件(4年かけて権利が確定するケースが多い)によっては、現時点でSOの一部しか行使できないこともあります。
税制面の整理も重要です。
- 税制適格SOの場合:株式売却時に譲渡所得として約20.315%の税率が適用されます(権利行使時は非課税)。
- 税制非適格SOの場合:権利行使時に給与所得として最大55%の累進課税が発生します。セカンダリーで売却する前にこの税負担が生じます。
税負担の差が大きいですね。つまり手持ちのSOが「適格か非適格か」を確認することが最優先です。適格・非適格の判定は会社の法務・CFO担当者か、専門の税理士に確認するのが確実です。
経済産業省:ストックオプション税制(令和6年度改正の内容を含む公式解説ページ)
セカンダリー取引で知らないと損するリスクと注意点
セカンダリー取引は自由に行えるわけではなく、複数のハードルが存在します。見落とすと取引が無効になったり、望まない株主が入ってきたりするリスクがあります。
① 譲渡制限と取締役会承認
多くの未上場スタートアップは定款で株式の「譲渡制限」を設けています。株主が株式を売却するには、原則として取締役会(または株主総会)の承認が必要です。会社法上、売り手が譲渡承認請求を行った場合、会社は2週間以内に承認・不承認の通知をしなければなりません。
承認を拒否した場合は、会社が40日以内に自社で買い取るか、10日以内に代わりの買い手を指定しなければなりません。これを期限内に履行できなかった場合、法律上「承認したものとみなされる」と規定されています。つまり、スタートアップは手続きを怠ると、望まない株主の受け入れを強制される法的リスクがあります。期限が条件です。
② 株主間契約・投資契約上の制限
先買権(既存株主が他の株主より先に購入できる権利)や、共同売却権(他の株主の売却に参加できる権利)、さらに一部投資家の事前承諾権が株主間契約に定められているケースが多くあります。これらを確認せずに取引を進めると、契約違反になる場合があります。
セカンダリー取引を検討する前に、関係する投資契約書・株主間契約書を弁護士と確認する作業が必須です。
③ 情報の非対称性と価格設定の難しさ
未上場株式には、上場株のように市場価格が存在しません。最終ラウンドの株価や第三者による会社評価(バリュエーション)が参考になりますが、実際の交渉での価格は当事者間で決まります。情報が少ない買い手・売り手が損をするリスクもあります。
価格算定の合理的な根拠を用意することが、後のトラブル防止につながります。
④ インサイダー情報に関する注意
未上場企業の株式そのものは、金融商品取引法のインサイダー取引規制の直接の対象外です。ただし、上場企業がM&Aで買収を検討しているスタートアップの株式を売買する場合など、間接的にインサイダー情報が絡むケースもゼロではありません。
複雑なケースは専門家に相談するのが基本です。
AZXブログ(弁護士執筆):近時の資金調達におけるセカンダリー取引とは?背景・留意点を解説
セカンダリー取引をスタートアップが戦略的に活用するための独自視点
ここまで解説してきたことの多くは「セカンダリーへの受動的な対応」です。しかし実は、セカンダリー取引を能動的に活用することで、スタートアップ経営の質そのものを上げられます。
「望まない株主の排除」と「理想の株主構成の維持」が最大の戦略的価値です。VC同士の関係が複雑になるミドル〜レイターステージでは、既存株主の中に「もう積極的に関与するつもりはないが、株は持ち続けている」という株主が生まれることがあります。こうした株主がセカンダリーで株を売却し、より成長段階に合った新規投資家が入ることで、取締役会の議論がシャープになる効果があります。
スマートラウンド証券のレポートによれば、経営者がセカンダリーに対して「後手」に回るケースが多く見られます。しかし理想は、VCのファンド期限や株主の売却意向を事前に把握し、会社としてあらかじめ買い手候補を用意しておく「能動的なセカンダリーマネジメント」です。これなら望まない株主が入ってくるリスクを最小化できます。
また「小粒上場の回避」という視点も見逃せません。SOの行使期限(特に2023年3月以前に付与した税制適格SOには10年の期限がある)が迫って「仕方なく上場する」という選択をする企業は少なくありませんでした。セカンダリー取引が普及すれば、従業員のSO失効リスクを未上場のまま解消でき、最適なタイミングでの大型IPOを目指せるようになります。
これが逆に言うと、日本の「小粒IPO」問題の構造的な解決策の一つになりうるということです。
セカンダリー取引は「株主がこっそり売る