原価計算方式による薬価の算定・仕組みと課題
原価計算方式で決まった薬価でも、開示率が50%未満だと補正加算がゼロになり、企業の努力が薬価に一切反映されません。
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原価計算方式とは何か:薬価算定の基本的な仕組み
新薬の薬価(保険適用される医薬品の公定価格)は、国が定めたルールに基づいて算定されます。通常は「類似薬効比較方式」と呼ばれる方法が原則で、すでに保険収載されている既存薬と比較することで新薬の1日薬価を揃える仕組みです。これが基本です。
しかし、世の中には「まったく前例のない新薬」が登場することがあります。効能・効果、薬理作用、化学構造式、投与形態のいずれを見ても類似する既収載品が存在しない場合、比較対象が存在しないため類似薬効比較方式は使えません。そこで例外的に適用されるのが原価計算方式です。
原価計算方式の算定式は、次の費用を積み上げる構造になっています。
| 費用区分 | 内容 |
|---|---|
| 製造(輸入)原価 | 原料費・労務費・製造経費 |
| 販売費及び一般管理費 | 研究開発費・情報提供費・PMS費用など(上限45.9%) |
| 営業利益 | 基準14.6%(補正で±調整) |
| 流通経費 | 卸業者への流通コスト |
| 消費税・地方消費税 | 税相当額 |
これらを薬価算定単位あたりに換算して合計した額が、最終的な薬価として設定されます。つまり「コストを積み上げて価格を作る」という発想です。
ここで重要なのが「研究開発費の計算方法」です。研究開発費は、開発に要した総額を「おおむね10年間の予想販売数量」で割って一錠あたりのコストとして算出されます。つまり販売予測が低い(患者数が少ない希少疾患など)ほど、一錠あたりの開発費が大きくなり、薬価も高くなる傾向があります。希少疾患薬が高額になりやすい理由の一端がここにあります。
原価計算方式は1982年(昭和57年)の中医協答申に基本的な考え方が規定された、比較的歴史のある算定方式です。
厚生労働省:原価計算方式の概要・費用構成の詳細(PDF)
原価計算方式が適用される薬価算定の条件と対象品目
原価計算方式が適用されるためには、明確な条件があります。それは「類似薬が選定できない」ことです。具体的には、効能および効果、薬理作用、組成および化学構造式、投与形態・剤形のいずれから見ても既存の収載品に類似するものが見当たらない場合に限られます。つまり原価計算方式は、真に前例のない新しい医薬品に対してのみ使われる方式ということです。
直近のデータでは、新薬全体のうち2~3割程度が原価計算方式で算定されています。残る6~7割は類似薬効比較方式(Ⅰ)で算定されており、依然として類似薬効比較方式が主流です。これは意外ですね。一般的に「革新的な新薬=原価計算方式」というイメージを持ちがちですが、実際には類似薬効比較方式が適用されるケースのほうが多いのです。
原価計算方式が適用されやすい医薬品の典型例としては、以下のようなものが挙げられます。
– 🧬 新規モダリティ医薬品(細胞療法・遺伝子治療など、まったく新しい技術基盤の薬)
– 🔬 希少疾病用医薬品(国内患者数5万人未満の疾患向け)
– 💉 これまで治療法がなかった疾患の初の治療薬
これらは比較対象となる既収載品が存在しないため、類似薬効比較方式での算定が難しく、必然的に原価計算方式が選ばれます。原価計算方式で算定されること自体が、「その薬が持つ革新性の証明」でもあります。
一方で、昨今は新興バイオテック企業が開発した薬など、グローバルな創薬の多様化により「比較薬があるようでない」ケースも増えており、適用の判断はより複雑になっています。
製薬医学用語集:原価計算方式の適用条件と概要
原価計算方式による薬価の算定:営業利益率と一般管理費の詳細
原価計算方式の構造で特に注目されるのが、「営業利益率」と「一般管理販売費の上限」という2つの数値です。
まず営業利益率について説明します。現在の基準値は14.6%です。この数値は、日本政策投資銀行の「産業別財務データハンドブック」に基づき、新薬を開発している優良製薬メーカー約30社の実績平均から算出されています。一般的な製造業の営業利益率が7〜8%程度であることを考えると、約2倍水準です。
この14.6%はあくまで基準値で、そのまま適用されるわけではありません。革新性や有用性、希少性などの評価に応じて、マイナス50%〜プラス100%の範囲で補正が加えられます。たとえば革新性が非常に高いと評価された薬では、補正後の営業利益率が29.2%(基準の2倍)になることもあります。
次に一般管理販売費です。これには治験費用、製造販売後調査(PMS)費用、医療関係者への情報提供活動費などが含まれます。上限は45.9%に設定されています。一般企業の販売管理費が10〜15%程度であることと比べると、際立って高い水準です。
なぜこれほど高い設定になっているのでしょうか?これは製薬業界の特殊性を考慮したものです。新薬の開発成功率は一般的に約0.02%(候補物質1万種類に対して1品)といわれ、膨大な失敗コストが企業経営を圧迫します。さらに、上市後も副作用リスクによる販売停止などの不確実性が常に存在します。こうした特殊なリスク構造を薬価に織り込むことが、高い基準値の背景にあります。
ただし、この高い数値設定については「公的財源による保険医療の枠組みで認めるべきか」という観点から、中医協の診療側・支払側委員の双方から継続的に問題提起がされています。厳しいところですね。
GemMed:原価計算方式における営業利益率14.6%と中医協での議論の詳細
原価計算方式の薬価算定における原価開示度の問題と補正加算のペナルティ
原価計算方式が長年にわたって「ブラックボックス」と批判されてきた最大の理由が、製品総原価の開示度が低いという問題です。
製薬企業が薬価算定を申請する際、薬価算定組織(中医協の附属機関)に対して製品原価の内訳を提出します。しかし、多国籍企業の場合は「移転価格」の問題があったり、企業秘密の観点から原価の全項目を開示することが難しいケースがあります。その結果、製品総原価のうち算定組織に開示できる割合(開示度)が低くなる品目が続出しました。
これに対し、厚生労働省は段階的にルールを強化してきました。2018年度改定から開示度に応じて補正加算率を減額する仕組みを導入し、さらに2022年度改定では開示度50%未満の場合は補正加算の係数をゼロとする措置が導入されました。補正加算がゼロということは、せっかく革新性が高いと評価されても、その評価が薬価にまったく反映されないということです。これは使えそうです。
ところが、このペナルティを導入した後も状況は大きく改善していません。2023年5月時点のデータでは、原価計算方式で薬価収載された成分の89%(16成分/18成分)が開示度50%未満という状況が続いており、厳格な措置を取っても開示が進まない実態が浮き彫りになっています。
この「開示が進まない」理由は単純ではありません。特に近年の画期的新薬の多くはグローバルなバイオテック企業や米国などの新興企業が開発しており、日本向けの原価を日本の薬価算定組織にだけ開示することが、他国との交渉や企業の知財保護上、難しい場合があります。つまり「開示したくても開示できない」事情が企業側にある面もあります。
この問題は現在も継続中で、2024年度・2026年度薬価制度改革においても「どのように原価の透明性を確保するか」は中心的な論点であり続けています。
ミクスOnline:開示度50%未満の品目が89%という実態と中医協での議論
原価計算方式と外国平均価格調整:薬価算定後の価格見直しプロセス
原価計算方式で薬価が算定された後も、算定プロセスはそこで終わりではありません。「外国平均価格調整」という追加のプロセスが存在します。これが原価計算方式の算定をさらに複雑にしている要素の一つです。
外国平均価格調整とは、同一医薬品について日本の算定薬価が主要外国(米国・英国・ドイツ・フランスの4か国)の平均価格と大きく乖離している場合に、薬価を調整する仕組みです。外国平均価格の1.5倍を超えて高い場合や、0.75倍を下回って安い場合などに調整が行われます。
問題が生じるのは、原価計算方式で算定する段階では「まだその薬が外国で販売されていない」ケースがある点です。特に日本が世界に先駆けて承認した「先駆的医薬品」の場合、薬価収載時点では外国の価格データが存在せず、外国平均価格調整を行えません。この場合、薬価収載後に外国で価格が設定された段階で遡って調整を行うことが検討されています。
また、外国価格との比較においては「日本の薬価が不当に低く算定されていた場合は引き上げるべきか」という逆方向の問題もあります。過去のデータでは加算が付与された品目の多くで実際の加算率が基準加算率の2分の1程度に留まっていたケースもあり、算定の実態は単純ではありません。
こうした調整プロセス全体を整理すると、原価計算方式による薬価算定は次のような流れで行われています。
- 💼 製薬企業が薬価申請資料(原価算定資料)を提出
- 🔎 薬価算定組織が原価内容を審査・査定
- 📐 製造原価+販売管理費+営業利益+流通経費を積み上げて基準薬価を算定
- ✅ 革新性・有用性・希少性などに応じた補正加算を評価(開示度係数を乗算)
- 🌍 外国平均価格調整の適用可否を確認・必要に応じて価格調整
- 📋 中医協総会での議論を経て最終薬価を決定・告示
この一連のプロセスが「原価計算方式が不透明」と言われる背景にあります。類似薬効比較方式と異なり、「比較対象となる既存薬価」という客観的な基準がないため、どうしても査定の妥当性が見えにくくなります。原価計算方式だからこそ、透明性の確保が課題となるということです。
厚生労働省:新医薬品の薬価算定方式まとめ(外国平均価格調整の仕組みを含む)(PDF)
原価計算方式の薬価制度改革の動向と今後の課題:2024〜2026年度改定を踏まえて
原価計算方式をめぐる制度改革は近年も活発に続いており、2024年度・2026年度の薬価制度改革においても重要なテーマとして議論されてきました。ここでは、現在進行中の課題と今後の方向性を整理します。
開示度問題への対応強化は引き続き最重要課題です。厚生労働省の資料(令和8年度薬価改定関連)によると、令和4年度薬価制度改革以降、補正加算率40%以上の品目において開示度により加算係数がゼロとされた品目が8割にのぼるという状況が続いています。開示度のペナルティを強化しても開示が進まないという「いたちごっこ」の状態です。
この状況を受け、2024年度薬価制度改革では「原価計算方式の適用を減らし、類似薬効比較方式による算定をより積極的に活用できる制度設計」への転換が議論の焦点になりました。具体的には、類似薬の選定基準を柔軟化することで、従来なら「類似薬なし」とされていた薬品に対しても類似薬効比較方式を適用できるようにする方向性が示されました。
日本製薬工業協会(製薬協)は2025年2月に公表したポジションペーパーで、「新規モダリティ(遺伝子治療など)や難治性疾患に対する医薬品は、原価計算方式でしか適切に算定できないケースがある」と主張し、開示度に関係なく補正加算が反映される仕組みを求めています。革新的な薬ほど開示が難しく、ペナルティによってイノベーション評価が歪められるという訴えです。
結論は「透明性とイノベーション促進の両立」という難題です。公的医療保険財政の持続可能性という観点では原価の透明化が不可欠ですが、一方で製薬企業の研究開発意欲を維持・向上させなければ日本への医薬品供給自体が細ってしまうリスクがあります。
医療関係者や製薬業界の方にとって、この薬価制度の動向は患者への医薬品アクセスや企業の創薬戦略に直結する問題です。中医協・薬価専門部会での議論の動向を引き続き注視することが重要です。中医協の最新資料は厚生労働省のウェブサイトで随時公開されており、最新動向の確認に役立ちます。
日本製薬工業協会:医薬品の価値を評価する薬価算定ルールに関するポジションペーパー(2025年2月)(PDF)
厚生労働省:令和8年度薬価改定について③(原価計算方式の現状と課題)(PDF)