強制執行の費用負担:申立人が立替える仕組みと回収の現実
実は、強制執行の費用は勝訴した側が一時的に全額立替えても、相手が無資力なら1円も戻ってきません。
強制執行の費用負担の基本:申立人が先払いする仕組み
強制執行を申し立てると、まず申立人(債権者・貸主側)がすべての費用を先払いします。これが基本です。
裁判所に納める申立手数料は、執行の種類によって異なります。不動産の明渡し強制執行(断行の執行)の場合、申立手数料は4,000円程度とそれほど高くありません。しかし手数料だけで執行が完了するわけではなく、そこから実費がどんどん積み上がっていきます。
費用の主な内訳は以下のとおりです。
- 申立手数料(収入印紙):4,000円前後
- 郵便切手(裁判所への予納):数千円〜1万円程度
- 執行官への予納金:3〜5万円程度(地域差あり)
- 執行補助者(運送・解錠業者)費用:20〜80万円以上(現場規模による)
- 保管費用(残置物を倉庫に預ける場合):別途数万円〜
つまり申立人が動かす資金は、最低でも30万円前後が必要になることが多いです。
東京地方裁判所の執行官室が公表している情報によると、断行の強制執行における執行補助業者の費用相場は、1Kの部屋で20〜40万円、3LDK以上になると80万円を超えるケースも報告されています。これは「荷物の量」「残置物の状態」「鍵の交換」などによって大きく変動します。
費用が高いのは事実です。ただ、この先払い構造を正確に理解しておかないと、現場で「思ったより資金がかかった」という事態になりかねません。
強制執行の費用は最終的に誰が負担するか:民事執行法の原則
法律の原則を先に確認しておきましょう。民事執行法第42条では、「強制執行の費用は、債務者の負担とする」と定められています。
これだけ読むと「最終的に相手が払ってくれる」と思いがちですが、現実はそう単純ではありません。「負担する」という意味は「費用請求権が債権者にある」ということであり、相手が自動的に支払ってくれるわけではないのです。
実際に費用を回収するには、「執行費用額確定処分」という手続きを別途申し立てる必要があります。この手続きによって、立替えた執行費用を改めて債務名義化し、強制執行の対象とすることができます。つまり費用回収のために、さらにもう一手間かかるということです。
問題は、費用を回収しようにも相手(占有者・元入居者)に資力がないケースです。家賃を長期滞納して強制執行に至った借主が、そもそも財産を持っているケースは多くありません。法的には費用請求権があっても、回収できなければ結果的に申立人の持ち出しになります。
これが現実です。
不動産従事者として知っておくべきは、「費用を立替えてでも執行するメリットがあるか」を事前に冷静に判断することです。特に、転居先不明・財産不明の借主に対して高額の執行費用を投入しても、空室コストを増やすだけに終わるリスクを把握しておく必要があります。
強制執行の費用を申立前に抑える:催告・任意退去交渉との費用比較
強制執行は「最後の手段」です。費用対効果の観点からも、できる限り前段階で解決することが不動産実務では合理的です。
任意退去交渉がまとまった場合と、強制執行まで至った場合の費用を比較すると、その差は明確です。
- 任意退去交渉のみで解決:弁護士費用10〜20万円程度で完結するケースあり
- 訴訟提起(明渡し請求訴訟):弁護士費用30〜50万円程度が目安
- 判決取得後に強制執行:さらに30〜100万円以上の執行費用が上乗せ
つまり訴訟+強制執行まで至ると、トータルで100万円を超えるケースは珍しくないということです。
一方で、強制執行の申立て予告(断行執行の通知)を受けた借主が、その段階で任意退去に応じるケースも実務では多く見られます。催告(明渡し催告)の段階で借主と直接交渉し、引越し費用の一部を貸主側が負担する「明渡し合意」が成立すれば、執行費用を大幅に節約できます。
厳しいところですね。ただし、この「費用負担で合意」の判断は弁護士や司法書士との連携が前提です。不動産管理会社の担当者が単独で金銭授受の合意書を作成すると、後でトラブルになるリスクがあります。費用節約の判断と法的リスクのバランスは、専門家に確認しながら進めることが原則です。
日本弁護士連合会:弁護士検索(借地借家・不動産専門弁護士を探す)
強制執行の費用と弁護士費用:敗訴しても相手に請求できないケースとは
不動産従事者が誤解しやすいポイントの一つが「弁護士費用の負担」です。
日本の民事訴訟では、原則として弁護士費用は「自己負担」です。たとえ裁判で完全勝訴しても、依頼した弁護士への報酬を相手方に請求することは原則としてできません。これを「弁護士費用の相手方請求不可の原則」と言います。
ただし、例外があります。
- 不法行為に基づく損害賠償請求の場合:弁護士費用の一部(認容額の約10〜20%)が損害として認められることがある
- 不法占拠(不法行為)として明渡しを求める場合:損害賠償請求と組み合わせることで弁護士費用の一部を請求できる場合がある
- 契約書に「弁護士費用を債務者負担とする」旨の特約条項がある場合:有効と認められるケースあり(ただし裁判所の判断による)
賃貸借契約書に「訴訟費用・弁護士費用は借主負担とする」という条項を入れている管理会社・オーナーは増えています。この条項が実際に有効かどうかは裁判所の判断次第ですが、東京地裁の裁判例では一定範囲内で有効と認めているものも存在します。
これは使えそうです。新規の賃貸借契約書を見直す機会があれば、弁護士に相談の上でこの種の条項を検討してみる価値があります。契約書の1行が、将来の費用負担を大きく左右することもあります。
裁判所:裁判例情報検索(弁護士費用・明渡し関連の判例を確認できます)
不動産実務における強制執行費用の回収戦略:保証金・連帯保証人の活用
強制執行の費用を最終的に誰かに負担させる現実的な手段として、不動産実務では「保証金(敷金)」と「連帯保証人・保証会社」が重要な役割を果たします。
まず敷金についてです。敷金は原則として退去時に返還するものですが、未払い賃料や原状回復費用、強制執行にかかった費用の一部を充当できる場合があります。ただし敷金だけで執行費用を全額カバーできるケースは少なく、月額賃料の1〜2ヶ月分の敷金では、執行費用30〜100万円には到底及ばないことがほとんどです。
次に連帯保証人です。連帯保証人は借主と同等の責任を負うため、強制執行にかかった費用を含む損害を請求できる場合があります。ただし、個人の連帯保証人への請求には「極度額の設定(民法改正2020年4月施行)」が必要となり、極度額を超えた請求はできません。
保証会社(家賃保証会社)を利用している場合は、保証範囲と免責事由を事前に必ず確認することが重要です。強制執行費用が保証対象に含まれているかどうかは、各社の保証約款によって異なります。含まれていないケースも多く、注意が必要です。
費用回収の見込みは入居前の段階で評価することが大切です。連帯保証人の資力確認・保証会社の保証範囲確認・敷金額の設定、これら3点を入居審査時に整理しておくことが、のちの費用リスクを最小化する最も現実的な対策になります。
国土交通省:賃貸住宅の保証のあり方に関するガイドライン(家賃保証・連帯保証の整理)
【独自視点】強制執行の費用を「見えるコスト」に変える:管理受託時の説明義務と費用リスクの開示
不動産管理会社が見落としがちな視点があります。それは、強制執行の費用リスクをオーナーに事前説明する「義務」に近い責任です。
管理受託時にオーナーへ説明される内容は、家賃回収サービスや原状回復の手順が中心になりがちです。しかし、明渡しトラブルが発生した場合の強制執行費用の見通しを「管理受託時」に説明しているケースは、業界全体でまだ少ないのが実態です。
これは業界的な課題ですね。
国土交通省が定める「賃貸住宅管理業務処理準則」では、管理受託時のオーナーへの重要事項説明が義務づけられています。法的手続きが必要になった場合の費用見込みを明示せずに管理を受託することは、将来的なオーナークレームや管理委託契約のトラブルにもつながりかねません。
具体的には、管理受託時の書面に以下の内容を明記することが推奨されます。
- 明渡し訴訟の提起に要する費用の目安(弁護士費用・裁判費用)
- 強制執行(断行)にかかる費用の概算(執行官費用・補助業者費用)
- 費用負担の流れ(申立人が先払い→最終的に債務者へ請求権が発生)
- 費用回収が困難なケースの説明(相手が無資力の場合)
このような「見えるコスト化」の説明を行うことで、オーナーとの信頼関係が深まります。また、保証会社の選定や敷金額の設定について管理会社としての提案が自然にできるようになります。つまり管理品質の差別化ポイントになるということです。
強制執行の費用リスクは「起きてから対処する」ものではなく、「管理開始前に設計する」ものと位置づけることが、不動産従事者として一段上のリスク管理です。費用負担の知識を「オーナーへの説明力」に変換できる管理会社が、今後の賃貸市場では選ばれ続ける存在になるでしょう。
国土交通省:賃貸住宅管理業法に基づく重要事項説明の解説(管理受託時の説明義務)

民事執行の実務【第4版】不動産執行編(下)
