遺言執行者の権限・改正で変わる不動産実務の要点
2019年7月1日施行の遺言書の作成日が登記申請の権限を左右するため、相続が2020年以降でも旧法が適用されるケースがあります。
遺言執行者の権限改正とは何か:2019年施行の相続法改正の全体像
2019年(令和元年)7月1日、平成30年に成立した民法(相続法)改正が正式に施行されました。この改正は、遺言執行者の法的地位と権限内容を抜本的に見直した歴史的な変更です。
改正前の民法では、遺言執行者は「相続人の代理人とみなす」(旧民法1015条)と規定されるだけで、実際に何をできるのかが条文から読み取りにくい状態でした。たとえば、相続人全員の利益と相反する内容の遺言があった場合、「相続人の代理人」として動く遺言執行者の立場が論理的に矛盾するという問題がありました。
改正後は、遺言執行者が「遺言の内容を実現するため」に行動する独立した法的地位を持つことが条文上で明確化されました(改正民法1012条1項)。つまり相続人の代理人ではなく、被相続人の意思を実現するための独立した執行機関という位置付けに整理されたのです。
これが原則です。不動産業務に関わる方が最低限押さえておくべき変更点は、以下の4点に集約されます。
- 遺言執行者の法的地位の明確化(独立した執行機関へ)
- 相続人への遺言内容の通知義務の新設(民法1007条2項)
- 特定財産承継遺言に関する登記申請権限の付与(民法1014条2項)
- 遺贈の履行が遺言執行者の独占的権限となったこと(民法1012条2項)
改正の背景には、高齢化社会の進展に伴う相続案件の複雑化と、所有者不明土地問題の深刻化があります。遺言執行者の権限を強化することで、遺言内容をスムーズに実現し、不動産の登記放置や空き家問題の解消にも寄与することが期待されていました。
法務省 民二第68号「遺言執行者の権限等に関する法改正の取扱い」(令和元年6月27日)
※法務省が法務局長・地方法務局長に向けて発出した通達。改正後の遺言執行者の権限に関する具体的な取扱いが記載されており、登記実務における判断基準として重要です。
遺言執行者の権限改正で変わった不動産登記の実務:特定財産承継遺言を中心に
🏠 不動産に関わる実務者にとって最もインパクトが大きい変更点は、特定財産承継遺言における遺言執行者の登記申請権限です。
改正前の問題点
改正前は、「特定の不動産をAに相続させる」という内容の遺言(特定財産承継遺言)がある場合、最高裁判例(平成7年1月24日、平成10年2月27日)によって「遺言執行者には登記申請をする権利も義務もない」とされていました。つまり、不動産の名義変更は相続人本人が単独で申請するしかなく、遺言執行者には手出しができない状態だったのです。
これが実務上の大きな障壁でした。相続人が高齢・多忙・感情的対立などで動けない場合、不動産の名義変更が長期間放置されるケースが続出していました。
改正後の取扱い
改正民法1014条2項(新設)により、特定財産承継遺言がある場合に、遺言執行者は対抗要件を備えるために必要な行為(=相続登記申請)を単独で行う権限を持つことになりました。相続人全員の委任状や印鑑証明書を集める必要がなく、遺言書と戸籍関係書類があれば手続きを進められます。
これは使えそうです。不動産業務に絡む相続案件で、協力しない相続人がいるケースでも、遺言執行者が動くことで登記手続きを完了できるようになりました。
ただし、重要な落とし穴があります。
遺言執行者が特定財産承継遺言に基づいて登記申請できるのは、遺言書が2019年7月1日以降に作成されている場合に限られます。 相続開始が2019年7月1日以降であっても、遺言書の作成日が2019年7月1日より前であれば、旧法が適用され、遺言執行者に登記申請権限はありません。
| 遺言書の作成日 | 遺言執行者の登記申請権限 |
|---|---|
| 2019年7月1日以降 | ✅ あり(新法適用) |
| 2019年6月30日以前 | ❌ なし(旧法適用) |
遺言書の作成日の確認が条件です。お客様から遺言関係の相談を受けた際には、まず遺言書の作成日を確認する習慣をつけることが実務上のリスク回避につながります。
また、遺言執行者に認められた権限はあくまで「対抗要件具備行為」、すなわち登記申請までです。相続人が不動産を占有して明け渡しを拒否している場合、遺言執行者には明渡しを求める権限がない点も覚えておく必要があります。
チェスター税理士法人「遺言執行者は単独で相続登記可能!【法改正あり】手続き方法も解説」(2024年10月更新)
※遺言書作成日による経過措置の違いや、単独申請の手続き方法が実務目線でまとめられています。
遺言執行者の権限改正で明確化された遺贈の履行と不動産売却における注意点
遺贈の話です。改正民法1012条2項(新設)は、「遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる」と定めました。
これは何を意味するのか?
たとえば、被相続人が「長男の嫁に自宅不動産を遺贈する」という遺言を残して亡くなったとします。遺言執行者が選任されている場合、この不動産の名義変更手続き(遺贈を原因とする所有権移転登記)は、遺言執行者のみが行える行為です。相続人が独自に遺贈の履行をすることはできません。
改正前は、この点が必ずしも条文に明記されておらず、相続人が独自に動いて手続きを進めようとするケースもありました。改正後は、遺言執行者の独占的権限が条文で明確化されたため、実務上の混乱が解消されました。
不動産売却との関係で注意が必要な場面
遺贈の対象となった不動産を受遺者(遺贈を受ける人)が第三者に売却する場合も、遺言執行者が関与します。売却に伴う登記申請においても遺言執行者の権限が及ぶため、不動産仲介に携わる際は、遺言執行者の選任状況を事前に確認しておくことが重要です。
遺贈を原因とする所有権移転登記は通常「受遺者と遺言執行者の共同申請」になります。遺言執行者の選任がなければ、相続人全員と受遺者の共同申請が必要になる場合があり、手続きが大幅に煩雑になります。
これは必須です。遺言書に遺贈の記載がある案件を受託する場合、遺言執行者の有無と選任状況を必ず最初に確認するようにしてください。
遺言執行者の権限改正における「妨害行為の無効」と善意の第三者保護:不動産取引での実務リスク
ここが不動産実務において最もリスクが高い場面です。
改正民法1013条2項(新設)は、遺言執行者がいるにもかかわらず相続人が行った相続財産の処分行為を「無効」と明文化しました。ただし、その無効は「善意の第三者に対抗できない」(相対的無効)と定められています。
具体的な事例で考えてみましょう。
被相続人が「自宅不動産を長女に相続させる」という遺言を残しており、遺言執行者に弁護士が選任されていたとします。しかし長男が遺言を無視し、自分名義に勝手に登記を書き換えたうえで、第三者(不動産業者Aや購入者B)に売却してしまいました。
このとき、購入者Bが「遺言執行者が存在すること」を知らなかった(善意)場合、遺言執行者はBに対して所有権移転登記の抹消を請求できません。つまり遺言で指定された長女は、その不動産を取り戻せない可能性があります。
厳しいところですね。
不動産業者の立場から見ると、このような売買に無自覚に関与することで、売主である相続人の違法行為を結果的に助長するリスクがあります。しかも「善意」であれば法的に保護されるとはいえ、後から遺言執行者との紛争に巻き込まれる可能性は否定できません。
| 購入者の状況 | 法的効果 |
|---|---|
| 善意(遺言執行者の存在を知らなかった) | ✅ 購入者は保護される(無効を対抗できない) |
| 悪意(遺言執行者の存在を知っていた) | ❌ 取引は無効(所有権が取得できない) |
このリスクを回避するための実務対応として、相続不動産の売買を仲介する際には「遺言書の有無」「遺言執行者の選任状況」を売主に必ず確認し、記録に残しておくことが重要です。遺言書が存在する案件では、遺言執行者の承認のもとで手続きを進める体制を整えることで、後日の紛争リスクを大幅に下げることができます。
名古屋総合リーガルグループ「遺言執行者がある場合における相続人の行為の効果」
※民法1013条の改正内容と、相続人の処分行為が無効となる具体的なケースについて詳しく解説されています。
遺言執行者の権限改正で拡大した復任権と、不動産従事者が活用すべき実務連携
改正によって大きく変わったもう一つの点が、遺言執行者の「復任権」です。
復任権とは、遺言執行者が自らの任務の全部または一部を第三者(専門家など)に委任できる権限のことです。
改正前は原則として復任不可でした。
改正前の民法1016条では、「やむを得ない事由があるとき」に限り第三者への復任が認められていました。つまり病気や緊急事態など、よほどの事情がなければ遺言執行者は他の専門家に任務を委任できなかったのです。
これが実務上、遺言執行者が相続の専門家でない場合(たとえば故人の親族や知人が指定されている場合)に深刻な問題を生じさせていました。専門的な手続きが必要な場面でも、原則として自分で対応しなければならず、手続きの遅延や誤りが生じやすい状況でした。
改正後は原則として復任可能になりました。
改正民法1016条1項では、遺言執行者は「自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる」と規定が改められました。「やむを得ない事由」の縛りがなくなり、遺言執行者は司法書士・弁護士・行政書士といった専門家に手続きを委任しやすくなりました。
これは使えそうです。
ただし、復任した場合も遺言執行者は原則として第三者の行為について責任を負います。委任先の専門家が不適切な行為をした場合、その責任は遺言執行者にも及ぶ可能性があります。遺言者が遺言で「復任を禁止する」旨を記載していれば、復任権は制限されることも覚えておきましょう。
| 項目 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 復任の可否 | 原則不可(やむを得ない事由のみ) | 原則可能(自己責任で第三者に委任可) |
| 遺言書による制限 | 制限規定なし | 遺言で制限できる |
| 復任後の責任 | 厳格(自ら選任した第三者の行為に責任) | 同様に責任を負う |
不動産従事者として実務上重要なのは、遺言執行者が専門家でない(親族等)ケースで不動産手続きが滞りそうな場面でも、今後は司法書士や弁護士への復任がスムーズに行えるという点です。スケジュールが読みやすくなり、売買・賃貸・管理の各業務における不動産案件のタイムラインも組みやすくなりました。
なお、2019年7月1日より前に作成された遺言書を根拠とする案件には、改正後の復任権規定は適用されません。旧法のルール(やむを得ない事由が必要)が引き続き適用される点に注意が必要です。
柳田司法書士事務所「第83回相続コラム 遺言執行者に選任された場合に知っておきたいこと」(2022年12月)
※復任権の改正前後の違いと、遺言執行を専門家に委任する際の実務的な考え方が解説されています。
不動産従事者だけが知っておくべき:遺言執行者の権限改正と「相続人への通知義務」が業務に与える独自の影響
最後に、あまり注目されていない論点を取り上げます。
改正民法1007条2項(新設)により、遺言執行者は任務を開始したときに「遅滞なく遺言の内容を相続人に通知する義務」を負うことになりました。この義務は2019年7月1日以降に遺言執行者に就任した場合から適用されます。
この規定は相続業務の透明性向上を目的としたものですが、不動産実務の現場では思わぬ形で業務に影響します。
なぜ不動産従事者に関係するのか?
遺言の内容を相続人に通知することで、相続人全員が遺言の存在と内容を早期に把握するようになります。これはつまり、遺言の内容に不満を持つ相続人が早期に動き出す可能性が高まることを意味します。
たとえば遺言で「長男のみに全不動産を相続させる」と指定されていた場合、他の相続人(次男・長女など)が通知を受けた時点で弁護士に相談し、遺留分侵害額請求を行うケースが増えています。遺留分侵害額請求は金銭で解決されますが(改正相続法により現物返還ではなく金銭請求が原則)、その支払いをめぐって不動産の売却が必要になることもあります。
不動産業者として遺言相続案件に関与する際は、「遺留分を主張する相続人がいる可能性」を念頭に置き、売却スケジュールの組み立てや買主への説明内容を慎重に検討することが求められます。
いいことですね。通知義務が課されたことで、相続人が長期間遺言の存在を知らないまま放置されるケースが減り、最終的には紛争の早期解決にもつながります。
不動産従事者として今すぐできる実務チェックリスト
- 相続不動産の案件を受託したとき、遺言書の有無・作成日・遺言執行者の選任状況を必ず確認する
- 遺言書がある場合は、遺言執行者と連携して手続きを進め、相続人が単独で動けない範囲を把握する
- 遺言書の作成日が2019年7月1日以前か以降かによって適用法令が変わることを常に意識する
- 遺贈を含む案件では、遺言執行者のみが登記申請できることを踏まえて、手続きの窓口を整理する
- 遺留分侵害額請求の可能性がある案件では、弁護士・司法書士などの専門家と連携した体制を早期に整える
改正相続法の施行から6年以上が経過した現在も、旧法が適用される案件は現場で混在しています。遺言書の作成日を起点に「どのルールが適用されるか」を判断することが、不動産従事者として今最も重要な実務スキルの一つといえるでしょう。
みずほ中央法律事務所「遺言執行者の権限に関する平成30年改正の変更点(権限強化)」
※改正前後の条文比較と各変更点の実務的な影響が網羅的に解説されており、現場での判断基準として参考になります。
