抵当権抹消費用と譲渡費用の関係を正しく理解する
抵当権抹消費用を譲渡費用に計上すると、税務署から指摘されて追徴課税になります。
抵当権抹消費用が「譲渡費用」に該当しない理由
不動産の売却に際して、住宅ローンが残っている物件では必ずといっていいほど「抵当権抹消登記」が必要になります。この手続きにかかる費用は、登録免許税として不動産1件につき1,000円、土地と建物の両方であれば2,000円が法務局へ納める費用として発生します。さらに司法書士に依頼する場合は報酬として1万円〜2万円程度がかかり、合計で1万5,000円〜3万円前後が一般的な相場です。
つまり、無視できない出費です。
この費用を確定申告の際に「譲渡費用」として計上したいと考える不動産従事者は多いでしょう。しかし、税務上の扱いはそうではありません。国税庁の見解および過去の裁決事例では、抵当権抹消登記費用は「譲渡のために直接要した費用」には該当しないと明確に判断されています。
その根拠は、所得税法第33条第3項に基づく所得税基本通達33-7です。この通達では、譲渡費用とは「資産の譲渡に係る直接費用、または資産の譲渡価額を増加させるための費用」と定義されています。抵当権抹消登記は、あくまでも「借入金を返済したことによって生じる手続き」であり、売却そのものを実現するための直接費用ではない、とみなされるのです。
審判所の裁決でも、この費用について「債務の担保として供するため設定した抵当権を、債務弁済することに起因して抹消するために支出したものであり、たまたま譲渡の際に支出されただけで、譲渡のために直接要した費用とは認められない」とはっきり示されています。結論は明快です。
売却と同時に発生したとしても、その費用の性質が「ローン返済に伴うもの」であれば、譲渡費用にはなりません。
なお、学術的な立場から見ると「取得費と譲渡費用の相互性」という考え方から、抵当権設定費用が取得費に含まれる場合と同様に、抹消費用も譲渡費用になり得るという見解も一部には存在します。ただし、現在の課税庁の運用はこの解釈を採用しておらず、実務上は「譲渡費用にならない」という前提で確定申告を行うのが安全です。
国税庁タックスアンサー No.3255「譲渡費用となるもの」(令和7年4月現在)
※仲介手数料・印紙税・立退料・解体費用・違約金など、認められる譲渡費用の公式一覧
抵当権抹消費用と混同しやすい「譲渡費用にならないもの」一覧
不動産売却の現場では、売主から「これも経費になりますよね?」と聞かれる費用が複数あります。実は、抵当権抹消費用と同様に譲渡費用として認められない項目がいくつもあるため、整理して押さえておくことが大切です。
まず代表的なのが住所・氏名変更登記の費用です。売却前に住所変更があり登記を更新した場合、その費用は個人的な手続きに過ぎず、売却の直接費用ではないとして認められません。次に一括繰上返済手数料も同様で、金融機関への損害賠償的な性格が強いため、譲渡費用には該当しないとされています。実務的な税理士の見解でも「譲渡費用にはならない」と判断されるケースがほぼ固定されています。
その他にも、以下のような費用は譲渡費用に含まれません。
- 🏠 修繕費・リフォーム費用:売却前に行っても「資産の維持・管理費用」と判断される場合が多い(ただし、解体前提の建物は別途検討の余地あり)
- 📦 引越し費用:売主の個人的な費用であり、売却行為と直接の因果関係がない
- ⚖️ 遺産分割に関する弁護士費用:相続財産の分割に関する費用であり、売却のための費用ではない
- 🏛️ 固定資産税の滞納分:資産の維持管理費用として分類される
これらを誤って譲渡費用に計上すると、後日の税務調査で否認され、追徴課税と延滞税が課されるリスクがあります。痛いですね。
一方で、見落としがちだが実は譲渡費用として認められるケースも存在します。例えば、土地を売却するためにその上の建物を取り壊した場合の解体費用は、正当な譲渡費用です。また、すでに締結していた売買契約を、より有利な条件の別の買主と契約するために解除した際の違約金も認められます。これは使えそうです。
費用の「タイミング」だけでなく「目的・性質」で判断されることが原則です。
澁谷典彦税理士事務所「抵当権抹消登記費用は譲渡費用になるか?」
※裁決事例を引用した詳細解説。抵当権抹消費用が否認される根拠を確認したい方に
抵当権抹消費用の正しい会計・税務上の取り扱い
では、譲渡費用として認められない抵当権抹消費用は、どこにも計上できないのでしょうか。そんなことはありません。費用の性質によって、正しい計上先があります。
まず、投資用不動産(アパート・マンション・賃貸物件など)を売却した場合に注意が必要です。この場合、抵当権抹消費用や一括繰上返済の手数料は、不動産所得に係る「必要経費」として計上できる可能性があります。これはローンが賃貸事業に紐づいているからです。ただし、事業規模や計上時期などによって判断が変わるため、税理士への確認が推奨されます。
次に、自己居住用の不動産を売却した場合、抵当権抹消費用は基本的に譲渡所得の計算にも、他の所得控除にも使えません。実質的にどこにも計上できない費用となります。このケースで大きな売却益が出ている場合、「居住用財産の3,000万円特別控除」(措法35条)の活用が現実的な節税対策になります。
不動産売却にかかる費用の全体像は、大きく次の3つに分類されます。
| 費用の種類 | 具体例 | 税務上の扱い |
|---|---|---|
| ✅ 譲渡費用 | 仲介手数料・印紙税・解体費用・立退料 | 譲渡所得から控除可能 |
| 🔄 取得費(付随費用) | 購入時の仲介手数料・登記費用・抵当権設定費用 | 取得費に加算して控除 |
| ❌ どちらにも該当しない | 抵当権抹消費用・住所変更登記・繰上返済手数料 | 原則として控除不可(賃貸用は必要経費の余地あり) |
この分類を最初に確認すれば大丈夫です。
なお、抵当権設定時にかかった費用(取得時の抵当権設定登記費用)は、取得費の付随費用として扱われるため、売却時の取得費に含めることができます。抹消費用(売却時)と設定費用(取得時)でまったく扱いが異なる点は、見落としやすいポイントです。確認しておきましょう。
不動産投資オンライン「抵当権抹消費用・一括返済違約金は譲渡費用になるか?」
※税理士・司法書士である渡邊浩滋氏による解説。裁決内容をふまえた実務的な見解を確認できる
抵当権抹消費用を踏まえた譲渡所得の正しい計算方法
実際の不動産売却において、譲渡所得がどのように計算されるのかを具体的な数字で確認しておきましょう。以下は計算の基本式です。
譲渡所得 = 譲渡価額 − 取得費 − 譲渡費用
たとえば、3,500万円で購入した居住用マンションを4,000万円で売却したケースで考えてみます。
- 💰 売却価格(譲渡価額):4,000万円
- 🏗️ 取得費:3,500万円(購入価格+購入時の仲介手数料・登記費用など)
- 📋 譲渡費用:138万円(仲介手数料126万円+印紙税2万円+その他10万円)※仲介手数料は売却価格の3%+6万円×1.1で計算
- ❌ 抵当権抹消費用:約2万円 → 譲渡費用には算入できない
この場合の譲渡所得は「4,000万円 − 3,500万円 − 138万円 = 362万円」となります。抵当権抹消費用の2万円を誤って譲渡費用に加算したとしても、差し引き後の譲渡所得は360万円になるだけです。金額としては小さく見えますが、長期譲渡所得の税率(20.315%)で計算すると、2万円×20.315%=約4,063円の税額差が生じます。
数千円の差に見えますが、問題は税務調査で否認された場合の追徴課税と延滞税です。修正申告を求められると、追徴分に加えて延滞税も発生します。物件が複数件あったり、金額が大きくなればなるほどそのリスクは拡大します。
また、取得費が不明な場合に「概算取得費(売却価格の5%)」を使うケースがありますが、このとき譲渡費用の計上ミスが重なると税負担が著しく増える場合があります。概算取得費を使う状況ほど、譲渡費用の正確な計上が重要です。これが条件です。
※抵当権抹消登記と経費計上可否について、Q&A形式でわかりやすく解説されています
不動産従事者が顧客に伝えるべき抵当権抹消費用の実務ポイント
不動産仲介や売買に従事するプロとして、顧客から「この費用は税金の計算で引けますか?」と質問を受ける機会は少なくありません。抵当権抹消費用についての誤解は、売主が自ら確定申告を行う際に特に起きやすく、適切な情報提供が顧客満足と信頼構築につながります。
まず、顧客への説明として必ず伝えておきたいのが「売却にかかった費用=すべて経費になるわけではない」という基本認識です。特に、ローン関連の手続き費用(抵当権抹消・繰上返済手数料など)は、売却費用と混同されやすいにもかかわらず、税務上は控除対象外です。
実務的な対応として有効なのは、売却前の段階で「費用の仕分けリスト」を顧客と共有することです。
- 📝 譲渡費用として計上できる費用:仲介手数料・契約書印紙代・解体費用(更地渡しの場合)・立退料(貸家の場合)
- 🔍 取得費として遡って計上できる費用:購入時の仲介手数料・購入時の登記費用・抵当権設定費用
- ❌ どちらにも計上できない費用:抵当権抹消費用・住所変更登記費用・一括繰上返済手数料・引越し費用
このリストを共有するだけで、顧客の申告ミスを事前に防ぐことができます。また、「確定申告は税理士に相談することを推奨する」という一言を添えることで、不動産業者としての適切な業務範囲も守れます。
さらに独自視点として、取得時の書類を売却時まで保管するよう顧客に伝えることも重要です。取得費の付随費用(購入時の登記費用や仲介手数料)は、当時の領収書や契約書があれば取得費に算入できます。これらが紛失していると、概算取得費(売却価格の5%)での計算を余儀なくされ、税負担が大幅に増える可能性があります。例えば、4,000万円で売却した場合、概算取得費は200万円にしかなりません。実際の取得費が3,500万円だったとすれば、3,300万円もの差が生まれ、税額は数百万円単位で変わります。
書類保管のアドバイスひとつで、数百万円規模の節税につながることもあります。これは顧客にとって大きなメリットです。顧客からの信頼が高まり、将来の紹介案件にもつながる情報です。
国税庁「裁判例から見た譲渡費用の概念と具体的事例の判断基準」
※抵当権抹消費用をはじめ、各種費用の譲渡費用該当性について判例ベースで詳細に解説されている研究資料