地域福利増進事業の事例と手続きを宅建業者が理解すべき理由
所有者不明土地を「無償で」好きに使えると思っているなら、補償金の供託で数百万円が消えます。
地域福利増進事業の事例①:全国初の裁定・新潟県粟島浦村の防災空地
地域福利増進事業が全国で初めて使用権の裁定に至ったのは、新潟県粟島浦村の防災空地整備事例です。これが2021年9月のことで、制度施行(2019年6月)から実に2年以上かかっています。
粟島浦村は人口344人(令和3年1月時点)の小規模離島です。東京都区部と比較すると、人口規模はごく小さな集落に相当します。令和元年6月に山形県沖地震が発生した際、村民の避難場所として長く使われていた神社が老朽化しており、危険性が改めて認識されました。
安全な避難場所を確保しようとした村が目を向けたのが、高台の管理不全土地でした。対象地653㎡のうち、4筆は所有者が確認できた一方、3筆は相続登記が行われていない所有者不明の状態でした。
この3筆について、司法書士に所有者探索を委託した結果、相続人は61名に上ることが判明しました。最終的に13名が所有者不明のままとなり、所有者探索から裁定申請まで約24ヶ月を要しています。農村部の空き地に典型的な「相続積み重ね問題」の実態がよく表れた事例です。
注目すべきは、事業区域として当初想定していた土地のうち、建築物(20㎡以上)が建っているものが「特定所有者不明土地」の要件を満たさず、対象外になった点です。更地や小規模な物置のみが存在する土地に限定されます。これは実務での落とし穴になりやすい部分で、宅建業者が相談を受ける際には必ず確認が必要です。
現在この土地は、県知事の裁定を経て防災空地(避難場所)として整備・活用されており、全国初の実績として各地のモデルケースとして引用されています。
参考リンク(地域福利増進事業の全国初事例・粟島浦村の詳細手続き)。
地域福利増進事業の事例②:全国4件の裁定と多様な事業類型
2025年10月時点での地域福利増進事業の裁定件数は全国でわずか4件です。制度施行から6年以上が経過していることを考えると、活用が極めて低水準にとどまっているのが現状です。
4件の内訳は以下のとおりです。
| 地域 | 実施主体 | 事業内容 |
|---|---|---|
| 新潟県粟島浦村 | 粟島浦村(行政) | 防災空地(避難場所・広場) |
| 山形県酒田市 | 東北電力ネットワーク株式会社 | 電気関連施設 |
| 神奈川県横須賀市 | 株式会社TRINITY | 民間事業者による施設整備 |
| 鳥取県米子市 | (民間事業者) | 地域施設整備 |
粟島浦村以外の3件はいずれも制度改正後に成立したものです。これは令和4年(2022年)の改正が一定の効果をもたらしたことを示しています。改正では、対象事業に「備蓄倉庫・非常用電気等供給施設」「再生可能エネルギー発電設備」などが追加され、民間事業者が整備する場合の使用権上限期間が10年から20年に延長されました。
制度上、事業の主体は自治体に限られません。民間企業、NPO法人、自治会、町内会、さらに個人も事業者となれます。営利事業も可能で、周辺地域に同種の施設が著しく不足している区域であれば購買施設(コンビニ・スーパーの代替施設など)の整備も認められます。これは意外と知られていない点です。
また、国土交通省が実施したモデル事業(令和元年度〜令和3年度、全国14団体)では、使用権の設定に至ったのは1件のみで、所有者が途中で判明したケースが5件ありました。つまり「所有者探索をしっかり行ったおかげで所有者が見つかり、通常の任意取得で事業を進められた」という副産物もあることがわかります。この点は宅建業者が顧客に説明する際に有益な視点です。
所有者探索から裁定申請完了まで平均でも1年以上かかっています。粟島浦村が約2年7ヶ月、山形県酒田市(東北電力ネットワーク)が約1年5ヶ月、神奈川県横須賀市(TRINITY)が約1年8ヶ月と、いずれも長期にわたっています。長期戦が前提です。
参考リンク(制度施行後の裁定件数と課題の全体像を把握できる資料)。
地域福利増進事業の事例③:モデル事業が示す多様な活用シーン
国土交通省が令和元年度から令和3年度にかけて実施した全国14団体によるモデル事業は、地域福利増進事業の可能性と現実的な課題を同時に浮き彫りにしました。
主なモデル事業の内容を見ると、地域の課題と所有者不明土地の組み合わせが実に多様であることがわかります。
🏘️ 防災・安全系
- 千葉県八千代市:道路脇に木が生い茂る管理不全土地を、災害時避難通路として整備
- 兵庫県川西市:20年以上放置された火災跡地の瓦礫撤去と防災空地・菜園整備
🌱 環境・コミュニティ系
- 新潟県田上町:繁茂した竹林の適正管理と、竹林を活かしたイベント・青少年育成スペース化
- 北海道旭川市:児童や高齢者が使える地域公園の整備
- 山口市:中心商店街における広場の整備(商業活性化も兼ねる)
🔋 エネルギー・民間活用系
- 東京都八王子市:高齢化が進む住宅団地内の所有者不明土地で、ソーラーシェアリング等の再生可能エネルギー活用を検討
- 福岡県北九州市:購買施設(日用品店)の整備を民間事業者(株式会社アセットジャパン)が検討
♿ 福祉系
- 鹿児島県奄美市:行方不明の相続人がいる土地を活用し、障がい者の就労支援・育児支援のための社会福祉施設を検討
これらを見ると、宅建業者が日常業務の中で「この空き地、地域福利増進事業を使えないか」と気づける場面が多いことがわかります。意外な視点として重要です。
特に購買施設の事例は見落とされがちです。法定の対象事業には「周辺地域において同種の施設が著しく不足している区域」であることを条件として、購買施設や教養文化施設の整備も認められています。過疎化が進む地域で「買い物難民」が問題になっている場合、民間事業者がコンビニ・食料品店を開設するために地域福利増進事業を活用できる可能性があります。これは単なる公共事業の話ではなく、不動産業者がビジネスに絡める話です。
参考リンク(国土交通省による先進事例調査の一覧・各報告書全文)。
国土交通省:所有者不明土地法の円滑な運用に向けた先進事例構築推進調査
地域福利増進事業の手続きの流れと宅建業者が関与できるポイント
地域福利増進事業の手続きは大きく「①所有者探索」→「②事業計画・補償金算定」→「③裁定申請」→「④補償金供託・使用権取得」→「⑤事業実施」→「⑥原状回復」の流れで進みます。手続き全体を理解しておくことが基本です。
① 所有者探索
まず、対象となる土地が「相当な努力を払っても所有者がわからない土地」であることを確認するため、法律に定められた方法で探索を行います。住民票・戸籍・固定資産課税台帳などの公的情報を活用できることが、この制度の大きなメリットです。通常の探索ではアクセスできないこれらの情報を、地域福利増進事業の準備のためであれば利用できます。
この段階で司法書士や土地家屋調査士との連携が必要になります。宅建業者が地元の士業とのネットワークを持っていることは、ここで直接力を発揮できる局面です。
② 事業計画・補償金算定
探索と並行して、事業計画書と補償金算定を進めます。補償金は「土地の使用の対価」として不動産鑑定士が算定します。都市部の土地では数百万円規模になることもあり、後述のように「補償金の返金なし」という点も知っておく必要があります。
③ 裁定申請・縦覧(2ヶ月)
令和4年の改正前は縦覧期間が6ヶ月でしたが、改正により2ヶ月に短縮されました。この期間中に土地の権利者から異議の申出がなければ、都道府県知事が裁定を行います。収用委員会への意見聴取も経るため、全体のスケジュール管理が重要です。
④ 補償金の供託・使用権取得
裁定後、補償金を供託することで土地の使用権が正式に取得されます。重要なのは、事業終了後に所有者が現れても補償金は返還されないという点です。供託された補償金は、所有者が現れた際に還付される仕組みですが、事業者には戻りません。原状回復の義務も別途発生します。
⑤ 原状回復義務
事業終了後は原則として土地を元の状態に戻して返す必要があります。このため、使用権期間中に整備した施設の耐用年数や撤去費用を最初から事業計画に組み込んでおく必要があります。整備後の撤去費が高額になる施設(コンクリート基礎など)には注意が必要です。
宅建業者のコーディネーターとしての役割として、協議会制度も活用できます。令和4年改正で「所有者不明土地利用円滑化等推進法人」として市町村長から指定を受けたNPO等が、事業者と行政をつなぐ役割を担う仕組みが整備されています。この法人と宅建業者が連携して動くことで、実務上のハードルを大きく下げられます。
参考リンク(手続き全体・専門家との連携ポイントが詳細に解説された公式ガイドライン)。
地域福利増進事業が進まない根本理由と宅建業者が知るべき独自視点
制度施行から6年以上で全国わずか4件という実績は、制度そのものに根本的な問題が潜んでいることを示しています。この点を深く理解することが、宅建業者が顧客にアドバイスする際の差別化になります。
コストはすべて「事業者側」が負担する構造
地域福利増進事業の最大の課題は、解決にかかるコストを事業者側がほぼ全額負担する点にあります。具体的に発生する費用は以下の通りです。
- 所有者探索の実費(旅費・簡易書留郵送費・戸籍謄本取得手数料など)
- 司法書士・不動産鑑定士・土地家屋調査士・行政書士・弁護士への委託費
- 境界確定測量費
- 裁定申請の手数料
- 補償金(供託金):都市部では数百万円規模になることもある
- 原状回復費用
モデル事業の報告書では、これらの費用が「民間主体には重い負担」として繰り返し指摘されています。所有者不明であることの責任は事業者にはないにもかかわらず、解決コストを事業者が背負う構造には制度的な矛盾があるとも言われます。これは宅建業者として顧客に正直に伝えるべき重要な点です。
「所有者探索でそもそも所有者が見つかる」という逆説
実は、モデル事業14件のうち5件は「所有者探索をしっかり行った結果、所有者が判明し、通常の任意取得で事業を進められた」という結果になっています。地域福利増進事業の裁定に至らずに終わっているのですが、地域の課題解決としては成功事例ともいえます。
この「探索過程で所有者が見つかる」という副次効果は、宅建業者がこの制度を活用してビジネスにつなげられるポイントです。所有者が判明した時点で通常の不動産取引に移行できるからです。探索から始めて、所有者が見つかれば売買・賃貸仲介につながり、見つからなければ裁定申請をサポートする。この流れを組み立てることで、管理不全の所有者不明土地を巡る一連の課題解決を支援できます。
令和4年改正でようやく民間活用が動き始めた
令和4年改正のポイントは3点です。①対象土地の拡大(老朽空き家が建っている土地も含むように)、②使用権上限期間の延長(民間事業者が整備する場合は10年→20年)、③縦覧期間の短縮(6ヶ月→2ヶ月)。これらにより事業化のハードルが下がりました。
また、「所有者不明土地利用円滑化等推進法人」の指定制度が創設されたことで、地域のNPOや不動産関係団体が公的信用力を持って活動できるようになりました。宅建業者がこうした法人を通じて自治体・住民・士業をつなぐ役割を担うことは、今後の事業機会として現実味があります。
国土交通省が市町村に対して計画作成費用・施策実施費用の補助制度(令和4年度予算:約7,100万円)を設けた点も、宅建業者が自治体に対してアプローチする際の入口になります。補助制度の活用を含めた提案ができる業者は、自治体からの相談案件を獲得しやすくなります。実は地道な提案活動が効いてきます。
参考リンク(改正法の詳細解説・制度の課題分析が宅建業者視点でも役立つ内容)。
不動産適正取引推進機構RETIO:改正所有者不明土地法の解説と今後の取組(2022年夏号)

補訂新版 不動産登記申請memo 権利登記編
