自筆証書遺言の書き方と例:不動産業従事者が知るべき全知識
不動産の記載が「自宅を長男に」だけでは、相続登記が通らない可能性があります。
自筆証書遺言の書き方の基本要件と法的根拠
自筆証書遺言は、民法第968条によって要件が厳格に定められています。 条文には「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と明記されており、この要件を一つでも欠くと遺言書は無効です。msf.or+1
要件は以下の5つです。
- ✅ 全文自書:遺言書の本文すべてを遺言者本人が手書きする(パソコン・代筆は不可)
- ✅ 日付の自書:「令和7年7月吉日」のような曖昧な日付は無効、「令和○年○月○日」と具体的に書く
- ✅ 氏名の自書:遺言者が自分の氏名を自書する
- ✅ 押印:認印でも有効だが、実印が望ましい。拇印でも実務上は有効とされる場合がある
- ✅ 財産目録の各ページへの署名・押印:2019年1月13日以降、財産目録のみパソコン作成が認められたが、目録の全ページに署名・押印が必要
「全文自書が原則」が基本です。
参考)知っておきたい遺言書のこと。無効にならないための書き方、残し…
不動産業に従事していると、顧客から「遺言書を書きたい」と相談を受ける場面は少なくありません。 この5要件を正確に把握しておくことで、顧客への一次情報提供として大きな信頼獲得につながります。
訂正の方式も厳密に決まっています。 遺言書を書き間違えた場合は、訂正した箇所を二重線で消し、正しい内容を書き加えた上で、訂正した旨を付記して署名・押印する必要があります。修正テープや修正液の使用は認められず、その方法で訂正した部分は存在しないものと扱われます。ボールペンや万年筆など消せない筆記具を使うことが前提です。souzoku-ok+1
自筆証書遺言における不動産の書き方と例:登記簿記載が必須
不動産業に関わる立場として最も重要なのが、この不動産の記載方法です。
「自宅の土地建物を長男に相続させる」という表現では、法務局の相続登記申請が却下されるリスクがあります。 不動産を特定できない記載は、相続登記の実務上「物件の特定不能」として処理され、後から相続人全員の協力が必要な遺産分割協議が必要になるケースもあります。 これは実務上、非常に大きなタイムロスと費用負担につながります。tokyoyokohama-souzoku+1
正確に書くには全部事項証明書(登記簿)の表題部を書き写す必要があります。 書く項目は以下の通りです。
【土地の場合】
- 所在(例:東京都渋谷区神南一丁目)
- 地番(例:123番4)
- 地目(例:宅地)
- 地積(例:150.00平方メートル)
【建物の場合】
- 所在(例:東京都渋谷区神南一丁目123番地4)
- 家屋番号(例:123番4)
- 種類(例:居宅)
- 構造(例:木造瓦葺2階建)
- 床面積(例:1階 75.00平方メートル、2階 60.00平方メートル)
土地と建物は別個の不動産です。 一筆の土地と一棟の建物を相続させる場合でも、遺言書には土地と建物を別々に記載しなければなりません。片方だけ書いた場合は、書かれた方の不動産しか名義変更できません。
また、登記簿上の所在と住民票上の住所は一致しないことが多いです。 たとえば、普段使っている住所が「渋谷区神南1-2-3」でも、登記簿の所在は「渋谷区神南一丁目」と漢数字で記載されているケースが多くあります。遺言書には必ず登記簿の表記をそのまま使うことが条件です。
参考:自筆証書遺言で不動産(土地建物)の書き方(具体的な記載例あり)
自筆証書遺言の書き方の具体的な例文・文章テンプレート
実際の遺言書の本文は、どのように書けばよいのでしょうか?
以下に、不動産を含む遺言書の例文を示します。法務局が公表している文例をベースにした構成です。
参考)https://houmukyoku.moj.go.jp/hakodate/content/001422139.pdf
遺言者山田太郎は、次のとおり遺言する。
第1条 遺言者は、次の不動産を、長男山田一郎(昭和○○年○月○日生)に相続させる。
【土地】
所在 東京都渋谷区神南一丁目
地番 123番4
地目 宅地
地積 150.00平方メートル
【建物】
所在 東京都渋谷区神南一丁目123番地4
家屋番号 123番4
種類 居宅
構造 木造瓦葺2階建
床面積 1階75.00平方メートル、2階60.00平方メートル
第2条 遺言者は、○○銀行渋谷支店の普通預金口座(口座番号:1234567)の全残高を、長女山田花子(昭和○○年○月○日生)に相続させる。
第3条 前各条に記載のない財産は、長男山田一郎に相続させる。
令和○年○月○日
東京都渋谷区神南一丁目2番3号
山田 太郎 ㊞
「相続させる」という表現が原則です。 「あげる」「お願いしたい」「任せる」などの曖昧な表現は、遺言書としての法的効力が不明確になるため避けるべきです。
参考)【例文あり】遺言書の書き方・ルールとは?無効にしないための注…
また、受け取る側(相続人)は住所・氏名・生年月日まで正確に書くことで、同姓同名のトラブルを防げます。 相続人が誰なのかが一義的に特定できることが、実務での重要なポイントです。
参考)自筆証書遺言の5つの要件はこれ!要件を満たした正しい遺言書と…
自筆証書遺言の書き方で見落とされがちな例:財産目録と訂正方法
2019年1月13日の民法改正後、財産目録のみパソコン作成が認められるようになりました。 これは「自筆証書遺言の財産目録は手書きでなければならない」という長年の常識が変わった大きな改正です。不動産登記事項証明書のコピーや通帳のコピーをそのまま財産目録として添付することも可能になっています。
ただし、条件があります。
- 財産目録のすべてのページに、遺言者が署名・押印すること
- 遺言書の本文(誰に何を相続させるかの記載、日付、氏名)は必ず手書き
- 本文と目録が同じ用紙にある場合は、全文自書が必要(目録の余白に本文を書く方法は不可)
これは使えそうです。不動産業の実務では登記事項証明書を日常的に扱うため、そのコピーを財産目録として活用できる点は顧客への提案価値が高いです。
訂正方法にも厳しいルールがあります。 民法969条の規定に基づき、①訂正した場所に二重線を引く、②欄外にその旨と内容を記載する、③署名する、④訂正した場所に押印する、という4ステップが必要です。1ステップでも欠けると訂正が無効になり、訂正前の内容のままか、場合によっては遺言書全体が無効になる危険性があります。
参考)【遺言の種類別】遺言が無効になるケースと無効にしたい時の対応…
参考:法務局(静岡地方法務局)が公表している自筆証書遺言の記載例PDF
https://houmukyoku.moj.go.jp/shizuoka/page000001_00213.pdf
不動産業従事者だからこそ知っておくべき法務局保管制度と検認手続き
2020年7月10日から、自筆証書遺言を法務局に保管できる制度が始まりました。 手数料は1件3,900円と低コストで、遺言者が法務局に直接持参して申請します。
参考)法務局の自筆証書遺言書保管制度の利用方法・必要書類・流れ・費…
この制度の最大のメリットは、家庭裁判所の検認手続きが不要になることです。 通常、自宅保管の自筆証書遺言は遺言者死亡後に家庭裁判所に提出して検認を受けなければならず、これが相続手続きに1〜2ヶ月の遅延をもたらすことがあります。法務局保管制度を使えばこの時間的コストが省けます。
不動産の相続では、相続登記の期限(2024年4月から3年以内が義務化)との兼ね合いもあるため、検認不要という点は実務上の大きなメリットです。 相続登記の義務化と自筆証書遺言保管制度はセットで顧客に伝えるべき知識といえます。
ただし、注意点もあります。 法務局が行う確認は遺言書の外形的な形式面のみであり、本文の内容の適法性や法的効果の確認は行いません。つまり、不動産の記載が曖昧であっても、法務局は受け付ける場合があります。登記できるかどうかは別問題です。
保管申請時には、法務局保管制度に対応した専用の様式で作成する必要があります。 用紙サイズはA4で、余白の規定(上部5mm以上、下部10mm以上、左右5mm以上)を守る必要があります。
参考:法務局「遺言書の様式等についての注意事項」(公式)
参考:法務局保管制度とは(わかりやすい解説)
法務局の自筆証書遺言書保管制度の利用方法・必要書類・流れ・費…
不動産業従事者が遺言相談対応で差をつける独自の実務ポイント
不動産業者が遺言書の内容を直接作成することはできませんが、顧客が「遺言書に不動産を書きたい」と相談してきたとき、的確な情報を提供できるかどうかが信頼の差になります。これは業界独自の強みです。
具体的には、以下の情報を手元に準備しておくと対応の質が上がります。
- 🏠 登記事項証明書の取得サポート:遺言者が自分で取得できない場合、最寄りの法務局や登記ねっとで申請できることを案内する(手数料は窓口600円、オンライン500円)
- 📋 物件の表題部の書き写しチェック:遺言書を見せてもらえる機会があれば、登記簿との記載が一致しているか確認する(業者としての付加価値)
- 🔒 共有持分の記載確認:共有名義の物件は「持分○分の○」まで正確に記載しないと、持分だけが宙に浮くリスクがある
共有持分の遺言記載ミスは多いです。 例えば夫婦共有の物件で夫が「自宅を長男に」と書いた場合、妻の持分は遺言の対象外のため長男が取得できるのは夫の持分のみです。顧客がこの点に気づいていないケースは実務上よく見られます。
また、遺言書を書いた後に不動産を売却・購入した場合、遺言書の内容は自動的に更新されません。 遺言書作成後に不動産の取引があった場合は、遺言書を改めて書き直す必要があることも合わせて伝えると、顧客の将来的なトラブル防止につながります。遺言書は「書いたら終わり」ではなく、定期的に内容を見直す習慣が重要です。

