解約手付と違約手付の違い
手付金で契約を解除したら違約金も請求される
不動産売買契約において、手付金は契約の成立を証し、将来の契約解除に備える重要な役割を果たします。しかし、不動産業従事者であっても「解約手付」と「違約手付」の違いを正確に理解していないケースが少なくありません。顧客への説明を誤れば、重大なトラブルを招く可能性があります。
手付金には、法的な性質によって「証約手付」「解約手付」「違約手付」の3種類があります。このうち解約手付と違約手付は、契約解除における効力が根本的に異なるため、実務上の取り扱いも大きく変わってきます。
特に重要なのは、民法では特別な合意がない限り手付は「解約手付」と推定される点です。つまり、契約書に明記しない限り、交付された手付金は解約手付として機能します。また、宅建業者が自ら売主となる場合、宅建業法により手付は必ず解約手付となり、違約手付や証約手付としての特約は認められません。
この法的な原則を理解せずに契約書を作成したり、顧客に説明したりすると、「手付金を放棄すれば解約できる」はずが「違約金として没収される」といった認識のずれが生じます。また、「違約金を払えば解約できる」という誤った理解も、実務上よく見られる問題です。
本記事では、解約手付と違約手付の法的な性質の違いから、実務での判断基準、契約書への記載方法まで、不動産業従事者が必ず押さえておくべき知識を体系的に解説します。
解約手付と違約手付の基本的な性質の違い
解約手付と違約手付は、手付金という同じ金銭でありながら、その法的な性質が大きく異なります。この性質の違いを正確に理解することが、適切な契約実務の出発点です。
解約手付とは、手付金の放棄または倍返しによって、相手方に債務不履行がなくても契約を解除できる権利を当事者双方に与える手付です。買主は交付した手付金を放棄し、売主は受領した手付金の倍額を現実に提供すれば、理由を問わず契約を解除できます。つまり、「契約を解除する自由」を金銭で保障する仕組みです。
一方、違約手付とは、当事者の一方に債務不履行があった場合に、手付金が損害賠償金として没収される(または倍額を償還する)という性質の手付です。債務不履行がない限り解除権は発生せず、あくまで契約違反に対する罰則として機能します。違約手付は「契約を守らなかった場合のペナルティ」としての性格が強いのです。
つまり解約手付は任意解除の手段です。
違約手付は債務不履行の制裁です。
この2つの手付は、解除の理由が「自己都合」か「相手方の契約違反」かという点で決定的に異なります。解約手付による解除は、履行期前であれば何の理由もなく一方的に解除できる権利であり、相手方はこれを拒むことができません。対して違約手付は、相手方に債務不履行という明確な契約違反があって初めて効力を発揮します。
さらに重要なのは、解約手付による解除では損害賠償請求ができない点です。手付金の放棄または倍返しによって解除の代償は完結し、それ以上の金銭的請求は認められません。一方、違約手付の場合、判例では解約手付と違約手付を兼ねることができるとされており、債務不履行による解除時には手付金の没収に加えて、別途損害賠償を請求できる場合もあります。
実務では、契約書に「本件手付は解約手付とする」「本件手付は違約手付を兼ねる」といった明示的な記載がない場合、民法557条により解約手付と推定されます。したがって、契約の性質を明確にするためには、契約書における手付の定義が極めて重要になります。
なお、証約手付は契約の成立を証明するための手付であり、それ自体に解除権や罰則的効力はありません。証約手付が解約手付または違約手付の効果を持つ場合でも、常に証約手付の効果を兼ねていると考えられています。
弁護士法人大手前法律事務所による手付の3種類の詳細解説(証約手付・解約手付・違約手付の法的効力について)
解約手付の効力と履行着手までの期限
解約手付による契約解除には、行使できる期限が法律で定められています。その期限が「相手方が履行に着手するまで」という民法557条の規定です。
履行の着手とは、契約によって負担した債務の履行行為の一部を行い、それが外部から客観的に認識できる状態を指します。
単なる履行の準備行為は含まれません。
判例では「契約の履行に必要な準備段階を超えて、履行行為そのものに取り掛かった」状態と定義されています。
売主側の履行着手の具体例として、以下のような行為が該当します。
📍 所有権移転登記に必要な書類を司法書士に交付し、登記申請の依頼をした場合
📍 買主の要望に応じて建物のリフォーム工事や修繕工事を開始した場合
📍 土地の測量や境界確定作業を実際に開始した場合
📍 買主の融資実行に協力して金融機関との面談に応じた場合
買主側の履行着手としては、以下が認められます。
📍 内金や中間金(手付金とは別の金銭)を支払った場合
📍 残代金の支払いのために融資を実行し、資金を準備した場合
📍 引渡しを受けるために引越し業者と契約を締結し、実際に引越しに着手した場合
逆に履行着手とは認められない準備行為です。
📍 住宅ローンの融資承認を得ただけの状態(資金を実際に受領していない)
📍 司法書士に登記書類を預けただけで、登記申請をしていない状態
📍 固定資産評価証明書など登記に必要な書類を取得しただけの行為
履行着手の判断は非常に微妙です。
判例では、決済日の2日前に買主が手付解除を申し出た事案で、売主が決済日の4日前に司法書士に登記書類を預けていた場合でも、単なる準備行為にすぎず履行着手とは認められなかった事例があります。一方、売主が測量業者に測量を依頼し、実際に測量作業が開始された場合は、履行着手と認定された事例もあります。
実務上の注意点として、契約書で「手付解除の期限は〇月〇日まで」と具体的な期日を定めることができます。この場合、相手方の履行着手の有無にかかわらず、その期日を過ぎれば手付解除はできなくなります。期日を定めることで、履行着手の判断という曖昧な基準を排除でき、紛争予防になります。
また、宅建業者が売主の場合、宅建業法により「相手方が履行に着手するまで」解除できるという規定より買主に不利な特約は無効となります。つまり、「買主からの手付解除は契約後3日以内」といった買主の解除期間を極端に短くする条項は、宅建業法違反として無効です。
住宅売買契約における履行の着手の判断基準(一般財団法人住宅金融普及協会の解説)
違約手付の法的位置づけと損害賠償との関係
違約手付は、債務不履行があった場合に手付金が損害賠償金として機能する手付です。買主に債務不履行があれば手付金は没収され、売主に債務不履行があれば手付金の倍額を償還する必要があります。
重要なのは、判例によれば解約手付と違約手付を1つの手付が兼ねることができるとされている点です。つまり、「本件手付は解約手付であると同時に違約手付とする」という特約が有効とされています。
この場合どうなるか。
相手方が履行に着手するまでは解約手付として機能し、手付の放棄または倍返しで自由に解除できます。しかし、履行着手後に債務不履行が発生した場合は、違約手付としての性質が前面に出て、手付金の没収または倍返しに加えて、損害賠償額の予定としての違約金を請求できる場合があります。
ただし解釈が分かれます。
通説では、違約手付が「損害賠償額の予定」を兼ねている場合、民法420条3項により違約金は損害賠償額の予定と推定されるため、手付金の没収で損害賠償は完結し、それ以上の請求はできないとされています。一方、違約手付が単なる「違約罰」として定められた場合は、手付金の没収に加えて実損害の賠償請求が可能という見解もあります。
実務的には、契約書で明確に定めることが不可欠です。「本件手付は違約手付を兼ね、損害賠償額の予定とする」と記載すれば、手付金の没収をもって損害賠償は完結します。「本件手付とは別に、違約金として売買代金の〇%を支払う」と記載すれば、手付金とは別の違約金が発生します。
宅建業者が売主の場合には制限があります。
宅建業法により、宅建業者が自ら売主となる売買契約では、違約金の額は売買代金の20%を超えることができません(宅建業法38条)。手付金が代金の10%、違約金が代金の15%と定めた場合、合計25%となり、超過した5%分は無効となります。この制限は、手付金と違約金の合計額に適用されます。
また、宅建業者が売主の場合、手付は必ず解約手付としての性質を持たなければならず、「違約手付のみ」とする特約は無効です。つまり、宅建業者が売主のときは「解約手付」または「解約手付兼違約手付」のいずれかしか認められません。
実務では、違約手付を設定する場合でも、必ず解約手付の性質を併せ持たせ、かつ手付金と違約金の合計が売買代金の20%以内に収まるよう設計する必要があります。
公益財団法人不動産流通推進センターによる手付金をめぐる紛争事例と判例解説(PDF)
解約手付による解除と違約解除の決定的な違い
解約手付による解除と違約解除(債務不履行による解除)は、実務上しばしば混同されますが、法的には全く異なる制度です。この違いを正確に理解していないと、顧客対応を誤り、重大なトラブルに発展します。
解約手付による解除は、理由を問わず一方的に行使できる解除権です。買主は手付金を放棄し、売主は手付金の倍額を現実に提供すれば、相手方の同意なく契約を解除できます。解除の理由は「気が変わった」「他にもっと良い物件が見つかった」といった自己都合でも構いません。
相手方は解除を拒めません。
違約解除は、相手方に債務不履行があった場合に限り行使できる解除権です。債務不履行とは、売主が所有権移転に協力しない、買主が残代金を支払わないといった契約上の義務違反を指します。違約解除を行うには、まず自己の債務の履行を提供し、相当の期間を定めて相手方に履行を催告し、それでも履行されない場合に初めて解除できます(民法541条)。
決定的に重要なのは、違約をした本人には解除権がないという点です。買主が残代金を支払わない場合、買主自身は契約を解除できません。解除権を持つのは、債務不履行を受けた側、つまり売主だけです。売主は「契約を解除して違約金を請求する」か「契約の履行を求める(代金の支払いを強制する)」かを選択できます。
実務でよくある誤解です。
「違約金を払えば解約できる」という認識は完全に誤りです。違約金は、相手方が契約を解除すると決めた場合に支払う義務が生じるもので、違約金を払うことで解約権を得られるわけではありません。違約者は相手方の判断を待つしかなく、契約の履行を強制される可能性もあります。
手付解除では損害賠償請求はできません。手付金の放棄または倍返しで解除の効果は完結し、「手付金以上の損害が発生した」と主張しても、追加の賠償請求は認められません。これは、手付解除が債務不履行を理由としない任意解除だからです。
対して違約解除では損害賠償を請求できます。契約書で違約金を定めていれば、その額を請求できますし、違約金の定めがなければ実際に生じた損害の賠償を請求できます。違約金が「損害賠償額の予定」である場合、実損害の立証は不要で、違約金の額がそのまま賠償額となります。
さらに重要な違いは時期的な制約です。
手付解除は「相手方が履行に着手するまで」または「契約で定めた解除期限まで」しか行使できません。それを過ぎれば、もはや手付解除はできず、どうしても解約したければ相手方と合意解除の交渉をするか、債務不履行を理由とする解除の要件を満たす必要があります。
違約解除は履行期を過ぎても行使できます。ただし、債務不履行の事実があり、催告を経て、相当期間経過後でなければ解除できません。
手続きは手付解除よりはるかに厳格です。
実務における対応の違いも明確です。手付解除を受けた場合、相手方は異議を申し立てることができず、手付金を受領または返還して契約を終了させるしかありません。違約解除を受けた場合、違約者は「債務不履行の事実がない」「催告期間が不相当に短い」といった反論が可能で、訴訟に発展するケースも少なくありません。
不動産売買における手付解除と違約解除の実務的な違い(未来家不動産株式会社のコラム)
宅建業者が売主の場合の手付金に関する規制
宅建業者が自ら売主となる場合、宅建業法により手付金に関して厳しい規制が課されています。これは、宅建業者と一般消費者の間に存在する情報格差や交渉力の差を考慮し、消費者を保護するための規定です。
最も重要な規制は、手付の性質の強制です。宅建業法第39条第2項により、宅建業者が売主で買主が宅建業者でない場合、手付は必ず解約手付としての性質を持たなければなりません。契約書に「本件手付は証約手付とする」「本件手付は違約手付のみとする」と記載しても、この部分は無効となり、強制的に解約手付とみなされます。
手付金額の上限規制も重要です。
宅建業者が売主の場合、手付金の額は売買代金の20%を超えてはいけません(宅建業法第39条第1項)。売買代金が5,000万円の物件であれば、手付金は最大1,000万円までです。これを超える手付金を受領した場合、超過部分は無効となり、業者は監督処分の対象となります。
注意が必要なのは中間金との関係です。
手付金と中間金を合計した額が代金の20%を超えても、それ自体は違法ではありません。20%の制限は「手付金」のみに適用され、中間金や内金は含まれません。ただし、名目が「中間金」であっても、契約成立時に授受された金銭は手付金とみなされる可能性があるため、中間金は契約締結後、かつ決済前の中間時点で受領することが重要です。
宅建業者が売主の場合、手付金等の保全措置も義務付けられています。完成物件では代金の10%または1,000万円を超える手付金等を受領する場合、未完成物件では代金の5%または1,000万円を超える手付金等を受領する場合、保全措置を講じなければ手付金を受領できません(宅建業法第41条、第41条の2)。
保全措置の方法は決まっています。
完成物件の場合は「銀行等による保証」または「保険事業者による保証保険」、未完成物件の場合は「銀行等による保証」または「保険事業者による保証保険」または「指定保管機関による保管」のいずれかです。この措置を怠った場合、業務停止処分などの重い行政処分が科される可能性があります。
さらに、宅建業者が売主の場合、手付解除の期限に関する買主不利な特約は無効です。民法557条では「相手方が履行に着手するまで」解除できるとされていますが、これより買主に不利な条件、たとえば「買主からの手付解除は契約後3日以内」といった極端に短い期間制限は無効となります。ただし、「手付解除は〇月〇日まで」と合理的な期日を定めることは可能です。
実務上は契約書作成時の確認が必須です。
「売主:宅建業者、買主:一般消費者」の契約では、手付条項に「本件手付は解約手付とする」と明記し、金額は代金の20%以内に抑え、保全措置の要否を判断して適切に対応する必要があります。違約金条項がある場合は、手付金と違約金の合計が代金の20%以内であることも確認します。
宅建業法における手付金額の制限と解約手付の規定(宅建士試験対策サイトの詳細解説)
実務における解約手付と違約手付の契約書記載方法
契約書における手付条項の記載方法は、後のトラブルを防ぐために極めて重要です。記載が曖昧だと、当事者間で手付の性質について認識の齟齬が生じ、解除や損害賠償をめぐる紛争に発展します。
解約手付として明確にする場合、以下のような条項が標準的です。
「第〇条(手付)買主は売主に対し、本契約締結と同時に手付金として金〇〇万円を支払う。本件手付は解約手付とし、当事者の一方が契約の履行に着手するまで、買主は手付金を放棄し、売主は手付金の倍額を現実に提供して、本契約を解除することができる。」
履行着手の曖昧さを避けるため、期日を明記する方法も有効です。「買主は令和〇年〇月〇日まで、売主は令和〇年〇月〇日までは、それぞれ手付金を放棄し、または手付金の倍額を償還して、本契約を解除することができる。
」といった具合です。
違約手付を兼ねる場合です。
「第〇条(手付)買主は売主に対し、本契約締結と同時に手付金として金〇〇万円を支払う。本件手付は解約手付であると同時に違約手付を兼ね、当事者の一方に債務不履行があった場合、相手方は本契約を解除し、買主に債務不履行があるときは手付金を没収し、売主に債務不履行があるときは手付金の倍額を償還するものとする。」
損害賠償額の予定との関係も明記すべきです。「前項の手付金の没収または倍額償還は、損害賠償額の予定とし、当事者は手付金を超える損害賠償を請求することはできない。」と記載すれば、手付金で損害賠償が完結することが明確になります。
逆に、手付とは別に違約金を定める場合は、以下のように記載します。
「第〇条(違約金)当事者の一方に債務不履行があった場合、相手方は本契約を解除し、債務不履行をした者に対し、売買代金の20%相当額を違約金として請求できる。この場合、手付金は違約金の一部に充当するものとする。」
この記載であれば、違約金として代金の20%を請求でき、そのうち手付金相当額は既に授受済みなので、差額のみを追加請求する形になります。
宅建業者が売主の場合の注意点です。
必ず「本件手付は解約手付とする」という文言を入れ、手付金額は代金の20%以内に設定し、違約金を別途定める場合は手付金と違約金の合計が代金の20%以内になるよう調整します。「本件手付は証約手付のみとする」「買主は手付解除できない」といった買主に不利な条項は無効となるため、記載してはいけません。
手付金の授受方法も契約書に記載します。「手付金は本契約締結と同時に現金で授受する」「手付金は売主指定の銀行口座に振り込むものとし、振込手数料は買主の負担とする」などです。保全措置を講じる場合は、「売主は宅建業法第41条に基づき、手付金について〇〇銀行による保証を付す」と明記します。
契約実務では相手方の理解を確認します。
重要事項説明や契約書説明の際、「手付金を放棄すれば買主様はいつでも解約できます。ただし、弊社(売主)が履行に着手した後や、契約書記載の期日を過ぎた後は解約できません」と具体的に説明し、履行着手の例も示します。「違約金を払えば解約できる」という誤解がないか確認することも重要です。