農業経営基盤強化促進法廃止と農地取引の実務変更点
農地の貸し借りに使われていた「利用権設定」が、令和7年4月1日以降は新規契約できなくなりました。
農業経営基盤強化促進法の廃止(利用権設定廃止)とは何か
「農業経営基盤強化促進法(基盤法)が廃止された」という表現をネットで目にした方も多いかもしれませんが、正確には「法律そのものの廃止ではない」という点を最初に押さえてください。廃止されたのは、基盤法に基づいていた「農用地利用集積計画による利用権設定(相対契約)」という農地の貸し借り手続きの一つです。
令和4年5月27日に「農業経営基盤強化促進法等の一部を改正する法律」が公布され、令和5年4月1日に施行されました。この改正により、農地賃借の方法として長年主流だった「利用権設定(相対契約)」が、経過措置期間を経て令和7年3月31日をもって廃止されることが定められました。実際、令和7年4月1日からは新規の利用権設定契約の受付が全国で停止されています。
利用権設定とは何か、簡単に説明します。農地の貸し手と借り手が直接、賃借料・契約期間などを取り決め、市町村と農業委員会が審査・公告することで農地の貸し借りが成立する仕組みです。農地法3条許可よりも手続きが簡便で、契約期間終了後に農地が貸し手に自動的に返還されるというメリットがありました。令和2年の調査では、農地賃借の実に約8割がこの利用権設定によるものでした。
つまり、農地賃借の大部分を担っていた手続きが廃止されたということです。これは農地関連業務に携わる宅建事業従事者にとって、無視できない実務上の変更点になります。
廃止の理由は、日本の農業が抱える深刻な課題にあります。2020年から2050年にかけて、耕地面積は420万haから270万haへ、農業経営体は107万から18万へ減少し、食料自給率はカロリーベースで37%から29%まで低下すると予測されています(三菱総合研究所調査)。農地の集約化と担い手への集中的な貸し出しを促進するため、農地バンク(農地中間管理機構)を介した貸借に一本化することが政策的に選択されました。
農地バンクが農地所有者から農地を借り受け、農業経営者に転貸するという仕組みです。つまり「農地の出し手→農地バンク→農業の受け手」という2段階の契約となります。複数の所有者から農地を借りる場合でも、農地バンクが契約を一本化してくれるため、受け手側の手続きコストが下がる点はメリットです。
廃止後の農地賃借の方法は2つが原則です。
- ① 農地法第3条許可(農業委員会の許可を得て直接賃借)
- ② 農地中間管理機構(農地バンク)を介した賃借
農地法3条許可の件数は元々少なく、実質的には農地バンク経由に一本化される形になっていくと見られています。宅建業者が農地関連の案件を扱う際、旧来の「利用権設定で手続きすればよい」という感覚は通用しなくなりました。これが基本です。
参考:農地の貸し借り制度の変更についての詳細(農林水産省パンフレット)
農林水産省「農地の貸し借り(売買)は、令和7年4月から、原則として農地バンク経由になります!」
農業経営基盤強化促進法廃止後の既存契約と更新時の対応
令和7年3月31日をもって利用権設定が廃止されましたが、「では今ある契約はどうなるの?」という疑問を持つ方は多いです。顧客から問い合わせを受けたとき、正確に答えられるよう整理しておきましょう。
既存の利用権設定契約は、契約期間が満了するまで有効です。
令和7年4月1日以降も、廃止前に締結された利用権設定は従前どおり続きます。急に契約を変更しなければならないわけではありません。ただし、次回の更新時点(契約期間の満了時)には、農地バンクを経由した契約に切り替える必要があります。
この点が実務上、最も混乱しやすいポイントです。整理すると以下のとおりです。
| 契約のタイミング | 対応 |
|---|---|
| 令和7年3月31日以前に締結済みの利用権設定 | 契約期間満了まで有効(そのまま継続可能) |
| 令和7年4月1日以降の新規・更新の賃借 | 農地バンク経由または農地法3条許可が必要 |
| 契約更新のタイミング | 農地バンクを通じた契約への切り替えが必要 |
宅建業者がよくやりがちな誤りは「既存の利用権設定は4月以降に無効になる」と顧客に伝えてしまうことです。これは誤った説明です。貸借期間が残っている限り、既存の契約は有効に存続します。
農地バンク経由の賃借では、いくつか注意点があります。まず貸借期間が長い傾向があり(農地バンク経由では10年・15年以上の契約が多い)、中途解約が難しい場合があります。また、農地バンクに支払う手数料が発生することがあります(都道府県ごとに異なり、現状無償にしているところもある)。さらに市街化区域内の農地については農地バンクが利用できないという制約もあります。これは宅建業者として特に押さえておきたい点です。
市街化区域内の農地は、農地法の転用届出(農業委員会への届出のみで足りる)と農地バンクの適用外という2点が重なることで、扱いが大きく異なります。市街化区域の農地付き案件を扱う際は、農地バンクに頼らず農地法の手続き一本で考えるのが原則です。
痛いところですね。農地バンクへの移行が難しいケース(借り手が見込めない地域や、市街化区域の農地)では、農地法3条許可による対応を検討するか、農地転用(4条・5条)の検討が必要になります。顧客が農地を保有し続けることで固定資産税等の負担が続くリスクも含め、丁寧に情報提供することが求められます。
農業経営基盤強化促進法廃止と農地付き空き家取引への実務的影響
今回の基盤法改正は、宅建業者が農地付き空き家を仲介する場面にも大きく関わります。農地付き空き家とは、空き家(建物)とそれに隣接・付随する農地がセットになった物件です。地方移住への関心が高まるなか、宅建業者にとっても新たなビジネス機会となっている分野ですが、農地の権利取得に関する制度変更を把握していないと、誤った説明や契約上のトラブルに発展するリスクがあります。
令和5年4月の改正で、農地法3条許可に必要だった下限面積要件(原則50a以上、北海道は2ha以上)が廃止されました。これにより、農地付き空き家に付随する小規模な農地(例:数アール程度の家庭菜園レベル)でも、農業委員会の3条許可を取得して売買・賃借ができるようになりました。
下限面積要件が廃止される前は、小規模農地の取得は事実上困難で、地方自治体が「別段の面積」という特例を設けて対応していた経緯があります。この特例がなければ、例えば100㎡(= 1a)程度の農地付きの古民家でも、農地取得のハードルが高く、移住希望者が購入を断念するケースが生じていました。
農地付き空き家の売買・賃貸借の主な流れは次のとおりです。
- 市町村の空き家バンクへの物件登録(農地情報も含む)
- 利用希望者が空き家バンクで情報を確認・申請
- 当事者間または宅建業者の媒介のもとで売買・賃貸借の交渉・契約
- 契約後、農業委員会にて農地の権利取得手続き(3条許可)
宅建業者が媒介する場合、農地部分については宅地建物取引業法の規制対象外(農地の売買は宅建業法上の「宅地または建物」に該当しないため)であることも理解しておく必要があります。農地売買の仲介手数料については、法定の上限制限がなく自由設定が可能です。ただし、慣行として宅地と同様の基準に準じて対応するケースが多いです。
農地付き空き家の仲介を積極的に行いたい場合、eMAFF農地ナビ(農地の地図情報サービス)を活用して対象農地の状況を確認することが有効です。市町村の農業委員会との連携も欠かせません。これは使えそうです。
農地バンクを通じた農地付き空き家の賃借については、賃借希望者を地域計画(農地の担い手や利用方針を示した市町村の計画)に位置付けることが原則とされている点も確認してください。地域計画が策定された市町村では、農地バンク経由の手続きが優先されます。
参考:農地付き空き家の取引手続き・活用促進の詳細
国土交通省「『農地付き空き家』の手引き(令和6年10月改訂)」
農業経営基盤強化促進法廃止と農地法・農振法との関係を整理する
農地関連の法律は複数に分かれており、宅建事業従事者が混乱しやすい部分です。基盤法改正の内容を正確に理解するうえで、農地法・農振法との関係を一度整理しておきましょう。
農地法は農地の権利移転・転用を規制する基本法です。宅建試験でも頻出の3条(権利移動)・4条(農地転用)・5条(転用目的の権利移動)という区分を覚えているはずです。今回の改正でその農地法も見直されています。
| 法律 | 主な内容 | 令和5年4月改正のポイント |
|---|---|---|
| 農地法 | 農地の権利移動・転用の規制 | 3条許可の下限面積要件を廃止 |
| 農業経営基盤強化促進法(基盤法) | 農業経営の集約化・効率化の推進 | 利用権設定(相対契約)を廃止・農地バンク経由に一本化 |
| 農地中間管理事業の推進に関する法律(農地バンク法) | 農地バンクの運営根拠 | 農地賃借の中心的な法律として機能強化 |
| 農業振興地域の整備に関する法律(農振法) | 農用地区域の指定・農地の保護 | 地域計画との整合が求められるよう変更 |
農振法(農振農用地区域)の農地は、農地転用ができない最も規制が強い農地です。「青地」と呼ばれ、転用するには農振除外(農用地区域からの除外)という手続きが必要で、時間も手間もかかります。宅地化を前提とした売買交渉で、「農振農用地だから転用は無理」という状況に気づかずに進めてしまうと、契約後にトラブルになります。農振農用地かどうかは農地法・農振法それぞれの確認が必要です。
また、農振農用地区域内の農地については、農業経営基盤強化促進法改正後も、農地バンクへの貸し出しを拒む所有者が増えているというケースも報告されています。農地バンクを通じた貸借では中途解約が難しく、長期契約を避けたいという心理が働くためです。こうした場合、農地法3条許可(農業委員会の審査を経た賃借)の活用が選択肢となります。農地法3条許可が原則です。
農地の転用については、市街化区域かどうかで手続きが大きく異なります。市街化区域の農地転用は農業委員会への「届出」のみで済む一方、市街化調整区域の農地転用は農業委員会を経由して都道府県知事(または農林水産大臣)への「許可」が必要です。4haを超える農地の転用には農林水産大臣との協議が伴います。顧客への説明時は、まず「市街化区域かどうか」を確認するのが基本です。
農業経営基盤強化促進法廃止を踏まえた宅建業者の実務対応ポイント
ここまでの内容を踏まえ、宅建事業従事者として実務上どのような対応が求められるかを具体的に整理します。農地関連の案件は数が少ないため見落とされがちですが、誤った対応は顧客への重大な損害につながります。
まず、農地付き案件を受けたら「農振農用地区域かどうか」「市街化区域かどうか」の2点を最初に確認することを習慣にしてください。この2点で手続きルートが大きく変わります。
- ✅ 市街化区域内の農地 → 農業委員会への届出のみ(農地転用が比較的容易)
- ⚠️ 市街化調整区域の農地 → 農地転用の許可申請が必要
- 🚫 農振農用地区域の農地 → 農振除外が必要(時間がかかる・転用不可の場合あり)
次に、農地の賃借に関する説明では「利用権設定はもう使えない」という正確な説明が求められます。令和7年4月以降に農地を貸したい・借りたいという顧客が来た場合、農地バンク経由または農地法3条許可の2択であることを説明してください。
農地付き空き家の仲介を検討している場合、国土交通省と農林水産省が連携して作成した「農地付き空き家の手引き(令和6年10月改訂版)」を必ず確認してください。宅建業者・農業委員会・市町村の役割分担が具体的に示されており、実務の参考になります。手引きは農林水産省のWebサイトから無料でダウンロードできます。
農地の賃借期間については注意が必要です。農地バンク経由の契約は、以前の利用権設定(最短3年〜最長50年)と比較して、10年以上の長期契約が標準的です。農地バンクへの貸し出しを勧める際は、長期契約になる可能性と中途解約の難しさを貸し手側の顧客にあらかじめ説明することが重要です。これはトラブル防止の観点から必須です。
また、農地の相続を受けた顧客が「農地をどうすればよいか」と相談してくる場面も多いです。農地相続後、農業を行わない場合の選択肢としては、農地バンクへの貸し出し・農地転用・売却(農地法3条許可の取得者への売却)などがあります。農地バンクへの貸し出しは、貸し手にとって税制優遇(農地バンクに貸し付けた農地の固定資産税の課税標準額の軽減)が受けられる場合もあります。顧客に合わせた選択肢を案内できるようにしておくと、信頼につながります。
農地に関する専門性が高い案件では、行政書士・農業委員会・農地バンクとの連携が不可欠です。自社単独で全て対応しようとせず、適切な専門家・機関へのつなぎ役に徹することも、宅建業者としての重要な役割です。農地関連案件は「関係機関との連携」が条件です。
参考:農地中間管理機構(農地バンク)の詳細情報
参考:農地付き空き家の取引に関する宅建業者向けの実務解説