ローン特約期限延長の対応方法
決済期限を延長すれば自動的にローン特約の期限も延びると思い込んでいる方は多いですが、実は別々に合意が必要です。
ローン特約期限延長と決済期限延長は別物
不動産売買の実務では、買主からの決済期限延長の申し出に応じる場面が頻繁に発生します。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
決済期限を延長したからといって、ローン特約(融資解除特約)の解除期限まで自動的に延長されるわけではないという事実です。
ローン特約とは、買主が金融機関から融資の承認を得られなかった場合に、売買契約を白紙解除できる特約のことです。通常、売買契約書には「融資承認取得期日」と「融資解除期限」が明記されており、この期限までに融資が不成立となった場合、買主は手付金を取り戻して契約を解除できます。
つまり売主にとっては不利益な特約です。
決済期限は、売買代金の全額を支払い物件を引き渡す日のことを指します。一方、融資承認取得期日は、金融機関から融資の本承認を得るべき日であり、通常は決済期限より前に設定されています。この2つの期限は性質が異なるため、一方を延長しても他方は自動的に延長されないのです。
実務でよく見られるのは、買主から「決済期限を1か月延ばしてほしい」という申し出があり、売主もこれに同意するケースです。このとき仲介業者が決済期限延長の覚書だけを作成し、ローン特約の解除期限については何も触れないまま放置してしまうことがあります。結果として、元々の融資解除期限が経過してしまい、後になって融資が不承認になった際に大きなトラブルに発展するのです。
この問題の本質は、当事者間の認識のズレにあります。買主は「決済が延びるんだから、当然ローン特約も延びるだろう」と考えがちですが、売主は「決済は待つが、ローン特約まで延ばすつもりはない」と考えていることもあります。
認識が一致していないのです。
ローン特約の解除条件型と解除権留保型の違い
ローン特約には「解除条件型」と「解除権留保型」の2つのタイプがあります。この違いを理解しておくことが、期限延長時のリスク管理に直結します。
解除条件型は、融資解除期限までに金融機関から融資の承認が得られなかった場合、買主の意思表示とは関係なく自動的に契約が解除される仕組みです。一定の条件が成立すれば契約の効力が当然に失われるため、「当然失効型」とも呼ばれます。この場合、買主が何も言わなくても契約は白紙に戻り、売主は手付金を返還しなければなりません。
一方、解除権留保型は、融資が不成立になっても自動的には契約が解除されず、買主が解除権を行使することで初めて契約が解除される仕組みです。たとえば融資が通らなくても、親からの資金援助や別の金融機関での借り入れができる見込みがあれば、買主の判断で契約を継続することもできます。逆に言えば、解除したい場合は期限内に売主に対して明確に解除の意思表示をする必要があります。
不動産取引では解除権留保型が採用されることが多いです。理由は買主に選択の余地があり、柔軟な対応が可能だからです。
しかし、解除権留保型の場合、期限管理がより重要になります。融資解除期限までに買主が解除の意思表示をしなければ、その後は融資が不承認になっても契約を白紙解除できません。手付金は没収され、場合によっては違約金の支払い義務まで発生します。買主にとっては数百万円単位の損失につながるリスクです。
仲介業者は、契約書に記載されている特約がどちらのタイプなのかを確認し、買主に対して期限の意味と重要性を丁寧に説明する義務があります。特に解除権留保型の場合、「期限までに解除しなければ権利を失う」という点を強調して伝える必要があります。
決済期限を延長する際も、解除条件型か解除権留保型かによって対応が変わります。解除条件型の場合は、融資解除期限が延長されなければ自動的に契約が解除されてしまうリスクがあるため、売主・買主双方にとって期限延長の合意が不可欠です。解除権留保型の場合は、買主が解除権を行使できる期間が延長されるかどうかが争点となるため、やはり明確な合意が必要になります。
ローン特約の裁判例が示す厳しい現実
決済期限の延長合意とローン特約の効力に関する重要な裁判例があります。
東京地裁令和元年6月11日判決です。
この判例は、不動産業従事者にとって極めて示唆に富む内容となっています。
事案の概要は以下のとおりです。買主と売主の間でマンションの売買契約が締結され、契約書にはローン特約(融資解除特約)が定められていました。しかし買主の都合により決済期限が1度、2度、そして3度にわたって延長されることになりました。その際、決済期限延長の合意は都度行われましたが、融資解除特約の期限延長については明確な合意がなされませんでした。
その後、買主の融資が不承認となり、買主は融資解除特約に基づいて契約を白紙解除しようとしました。これに対して売主は、融資解除特約はすでに効力を失っており、買主は債務不履行責任を負うべきだと主張して争いになりました。
裁判所は、「融資解除特約は、買主が金融機関から融資の承諾が得られなかった場合に、買主が何らペナルティを支払うことなく契約を解除することができるという特約であり、売主は売却の機会を失い、別の顧客を見つけなければならなくなる」として、融資解除特約が売主にとって不利益な特約であることを指摘しました。
その上で、「買主の都合により決済期限が延長された場合に、融資解除特約の期限も同様に延長されるかどうかについては、改めて、売主から明確な合意があったといえる場合でなければ、融資解除特約については効力を失うとみるのが相当である」と判断しました。結論として、本件では融資解除特約の効力は失われており、買主の白紙解除は認められないとされました。
この判決が示すポイントは3つあります。第一に、決済期限の延長と融資解除期限の延長は別物であり、連動しないということ。第二に、融資解除期限を延長するには売主からの明確な合意が必要だということ。第三に、決済期限が複数回延長されている場合、売主が一方的な不利益を被り続けることを防ぐため、より厳格に判断されるということです。
この裁判例は、不動産取引実務に大きな影響を与えています。仲介業者は、決済期限を延長する際には必ず融資解除期限についても当事者間で協議し、明確な合意を取り付ける必要があります。合意がなければ、後に買主が融資不承認で困ったときに救済されない可能性が高いのです。
三井住友トラスト不動産の不動産売買トラブルアドバイス2024年7月号でも、「当事者間において、決済期限延長の合意の際に、融資解除期限の延長について明確な合意がない場合、融資解除特約の効力が失われたと判断される可能性が高い」と警鐘を鳴らしています。
三井住友トラスト不動産「決済期限の延長に伴う融資解除特約に関するトラブル」
ローン特約期限延長の覚書作成実務
決済期限とローン特約の解除期限を同時に延長する場合、口頭での合意だけでは後々トラブルになるリスクがあります。
必ず書面で明確な合意を残すことが重要です。
実務では「覚書」という形式で取り交わすのが一般的です。
覚書には最低限、以下の項目を明記する必要があります。
まず、売買契約の特定です。
契約締結日、売主・買主の氏名、物件の所在地などを記載して、どの契約についての覚書なのかを明確にします。
次に、変更内容の具体的な記載です。
「決済期限を○月○日から△月△日に延長する」だけでなく、「融資承認取得期日を○月○日から△月△日に延長する」「融資解除期限を○月○日から△月△日に延長する」と、それぞれ個別に明記します。
注意すべきは、「決済期限を延長する」という記載だけでは不十分だということです。裁判例が示すとおり、決済期限の延長とローン特約の延長は別物として扱われるため、ローン特約についても明示的に延長する旨を記載しなければなりません。曖昧な表現は避け、具体的な日付を入れることが必須です。
また、解除権留保型のローン特約の場合、「買主は延長後の融資解除期限までに解除の意思表示をすることができる」という文言も追加しておくと、より明確になります。つまり単に期限を延ばすだけでなく、延ばした期限内に解除権を行使できることも確認するわけです。
覚書の末尾には、売主・買主双方が署名・捺印する欄を設けます。仲介業者が立ち会いのもとで双方の合意を確認し、原本を各自が保管する形が望ましいです。コピーではなく原本を各自が持つことで、後日の争いを防ぐことができます。
印紙税については注意が必要です。覚書の内容が「重要な事項」の変更に該当する場合、印紙税が課税されることがあります。国税庁の見解によれば、契約金額や支払期日などの変更は「重要な事項」に該当しますが、単なる決済期日の延長は「重要な事項」には該当しないとされています。ただし、ローン特約の期限延長を含む場合は慎重な判断が求められるため、税理士や税務署に確認することをおすすめします。
不動産流通推進センターの相談事例でも、「決済期日延長の覚書を取り交わす際、融資解除期日の延長についても明記しておくべき」とアドバイスされています。
不動産流通推進センター「売買契約における決済期限の延長合意に伴い、融資特約に定めた融資解除期日も延長されるか」
実務では時間がない中で覚書を急いで作成することもありますが、後のトラブルを防ぐためには丁寧な文書作成が不可欠です。仲介業者としての信頼性にも関わる重要なポイントです。
ローン特約期限延長時の仲介業者の責任
決済期限延長に伴うローン特約の取り扱いについて、仲介業者が適切な助言を怠った場合、損害賠償責任を問われる可能性があります。実際に裁判で仲介業者の責任が認められた事例も複数存在します。
仲介業者には善管注意義務があります。これは、専門家として通常期待される注意を払う義務のことです。不動産取引のプロである仲介業者は、一般の消費者が気づかないようなリスクについても適切に説明し、助言する義務を負っています。
決済期限延長の場面では、具体的に以下のような注意義務があると考えられます。第一に、決済期限の延長とローン特約の延長は別物であることを、売主・買主双方に説明する義務です。多くの一般消費者は、決済が延びれば当然ローン特約も延びると思い込んでいます。この誤解を解き、正しい理解を促すことが仲介業者の役割です。
第二に、ローン特約の延長について売主・買主間で明確な合意を取り付けるよう促す義務です。曖昧なまま放置すると、後に融資不承認となった際に買主が大きな不利益を被る可能性があります。売主にとっても、いつまでも不安定な状態が続くのは好ましくありません。仲介業者が積極的に協議を促し、合意形成をサポートする必要があります。
第三に、合意内容を書面化する義務です。口頭での合意だけでは「言った、言わない」の争いになる可能性があります。覚書を作成し、双方の署名・捺印を得ることで、後日の紛争を防ぐことができます。書面作成自体が仲介業者の重要な業務の一つです。
第四に、解除権留保型の場合、延長後の融資解除期限までに買主が解除の意思表示をしなければ権利を失うことを、買主に明確に伝える義務です。期限管理は買主にとって極めて重要であり、仲介業者がリマインドすることも求められます。
実際の裁判例では、仲介業者が「決済期限を延ばすなら、ローン特約の期限も一緒に延ばしておかないと危険ですよ」という助言を怠ったケースで、仲介業者の善管注意義務違反が認められています。結果として買主が手付金を失い、違約金を支払うことになった場合、その損害の一部または全部を仲介業者が賠償する責任を負うことになります。
損害額は数百万円から数千万円に及ぶこともあります。たとえば売買代金が5,000万円の物件で、違約金が売買代金の10%(500万円)と定められている場合、買主が違約金500万円を支払い、さらに手付金100万円も返還されないとすれば、合計600万円の損害が発生します。仲介業者の助言義務違反と損害との因果関係が認められれば、仲介業者がこの600万円の一部または全部を賠償することになるのです。
仲介業者としては、決済期限延長の申し出があった時点で、チェックリストを用意しておくことが有効です。たとえば、「決済期限延長の合意確認」「ローン特約延長の必要性説明」「売主・買主双方との協議」「覚書の作成」「双方の署名・捺印取得」といった項目をリスト化し、漏れなく実施することでリスクを低減できます。
ローン特約を活用した買主保護の実務ポイント
ローン特約は買主を保護するための重要な仕組みですが、正しく理解し運用しなければその機能を果たせません。不動産業従事者として、買主保護の観点から押さえておくべき実務ポイントがあります。
まず、融資承認取得期日と融資解除期限の設定です。売買契約締結から決済までの期間は通常2〜3か月程度ですが、融資承認取得期日は契約締結から1か月程度を目安に設定するのが一般的です。なぜなら金融機関の審査には通常2〜4週間かかるため、余裕を持たせる必要があるからです。
融資解除期限は融資承認取得期日と同日か、数日後に設定します。これは、融資が不承認となった場合に買主が解除権を行使するための猶予期間を設けるためです。たとえば融資承認取得期日を契約締結から1か月後、融資解除期限を1か月後の3日後とするような設定が考えられます。
次に、融資申込先の金融機関の明記です。契約書には「A銀行から融資を受ける」といった具体的な金融機関名を記載します。これにより、買主が勝手に別の金融機関に申し込んだり、複数の金融機関に同時に申し込んだりすることを防ぎます。売主にとっても、どの金融機関に申し込んでいるのかが明確になり、審査状況を確認しやすくなります。
融資金額も明記します。「5,000万円の融資を受ける」といった具体的な金額を書くことで、買主が必要以上の融資を申し込んだり、逆に不足した金額で申し込んだりすることを防ぎます。
これも契約の明確性を高めるために重要です。
買主には、融資申し込みを誠実に行う義務があることを説明します。故意に融資申し込みを怠ったり、虚偽の情報を申告したりした場合、ローン特約による解除は認められません。たとえば収入を偽って申告した結果、融資が不承認になったとしても、それは買主の責任であり、特約を使って白紙解除することはできないのです。
融資審査の状況を定期的に確認することも重要です。仲介業者は買主に対して、審査がどの段階まで進んでいるのかを随時報告してもらい、問題が発生していないかをチェックします。審査が遅れている場合は、金融機関に状況を確認し、必要に応じて期限延長の協議を早めに開始します。
融資解除期限が近づいているのに審査結果が出ていない場合、買主には2つの選択肢があることを説明します。一つは、期限内に解除権を行使して契約を白紙に戻すこと。もう一つは、売主と協議して融資解除期限を延長してもらい、審査結果を待つことです。どちらを選ぶかは買主の判断ですが、仲介業者は両方の選択肢とそれぞれのメリット・デメリットを丁寧に説明する必要があります。
期限を過ぎてから「やっぱり解除したい」と言っても手遅れです。これは買主にとって極めて重要なポイントであり、繰り返し注意喚起することが求められます。
また、売主に対しても配慮が必要です。ローン特約があることで、売主は一定期間、契約が白紙に戻るリスクを抱えることになります。この期間中は他の購入希望者との交渉もできず、売却機会を失う可能性があります。そのため、融資審査の状況を売主にも適宜報告し、不安を軽減することが大切です。
決済期限延長を求められた売主が、どのような判断基準で延長を承諾するか迷っている場合、仲介業者は中立的な立場からアドバイスを提供します。たとえば、買主の融資審査が順調に進んでおり、あと数日で結果が出る見込みであれば、延長に応じることのメリットを説明できます。一方、審査が全く進んでおらず、融資が通る見込みが低い場合は、早期に契約を解除して別の買主を探す方が売主にとって有利な場合もあります。
不動産取引は高額であり、当事者の人生に大きな影響を与えます。ローン特約という制度を正しく理解し、適切に運用することで、売主・買主双方が安心して取引を進められる環境を整えることが、不動産業従事者の重要な使命です。