取引事例比較法 計算式の基本
事情補正を適用しない事例は8割が採用されません。
取引事例比較法は、不動産鑑定評価で最も基本となる手法であり、対象不動産と類似する取引事例を集めて価格を算定します。国土交通省の不動産鑑定評価基準では「多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行い、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を行い、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行って求められた価格を比較考量し、対象不動産の試算価格を求める手法」と定義されています。
実際の市場性を反映できる点が特徴です。過去の類似物件の取引価格をもとに、さまざまな条件を調整して対象物件の価値を見積もります。
計算式の基本構造は以下のとおりです。
$$比準価格 = 取引事例の価格 \times 事情補正 \times 時点修正 \times 標準化補正 \times 地域要因比較 \times 個別要因比較$$
この式が基本です。各補正率を順番に掛け合わせることで、取引事例の価格を対象不動産の価格に調整します。
不動産業従事者にとって、この計算式を理解することは実務の基礎となります。査定業務では日常的にこの手法を使うため、各補正の意味と適用方法を正確に把握しておく必要があります。実際の計算では、取引事例を3~4件ピックアップし、それぞれに補正を適用して標準地の単価を求めるのが一般的です。
国土交通省の地価公示制度でもこの手法が採用されており、不動産取引の透明性確保に重要な役割を果たしています。
国土交通省「地価公示制度の概要」- 取引事例比較法の定義と適用基準が詳細に記載
取引事例比較法の計算式を構成する5つの補正
計算式を構成する補正は5つあり、それぞれ異なる目的を持っています。事情補正は売り急ぎや買い進みなど特殊事情を除外するための調整、時点修正は取引時点と価格時点の価格水準の変動を反映させる調整、標準化補正は事例の個性(角地、不整形地など)を標準的な土地に換算する調整、地域要因比較は対象地と事例の所在地域の優劣を反映する調整、個別要因比較は接道条件や日当たりなど個別の条件差を反映する調整です。
順番が重要ですね。事情補正と時点修正で事例の価格を正常化し、標準化補正で標準地の価格に調整し、地域要因と個別要因で対象地との差異を反映します。
実務では事情補正を適用するケースは少なくなっています。売り急ぎや買い進みなど特殊事情がある事例は、そもそも適切な事例として採用しないのが原則だからです。不動産鑑定評価基準でも「正常な取引事例」を選択することが求められており、事情のある取引は除外されます。
つまり正常な事例だけを選ぶということですね。
時点修正は地価公示の変動率や周辺の類似事例の価格推移から算出します。たとえば1年前の事例で周辺相場が5%上昇している場合、時点修正率は105%(=100%+5%)となります。不動産価格はタイミングによって変動するため、現在の相場水準に合わせる調整が不可欠です。
標準化補正では事例の土地が持つ個性を除去します。角地の事例なら中間画地よりも5~10%程度価値が高いと判断されるため、標準化補正率を105~110%として割り戻します。逆に不整形地なら標準地より10%程度価値が低いと見なされ、標準化補正率は90%になります。
地域要因比較では駅からの距離、商業施設の充実度、治安、学区などの地域特性を比較します。対象地の近隣地域が事例の類似地域よりも優れていれば、地域要因比較率は100%超になり、劣っていれば100%未満になります。
個別要因比較では接道状況、土地の形状、間口と奥行きのバランス、高低差、日当たり、眺望などの個別条件を比較します。対象地が事例より優れていれば100%超、劣っていれば100%未満の補正率を適用します。
取引事例比較法の計算式を使った具体例
120平方メートルの土地を査定する具体例で計算の流れを見てみましょう。まず半年前に100平方メートルの類似地が4,000万円で取引された事例を採用します。1平方メートルあたりの単価は4,000万円÷100平方メートル=40万円です。
対象地の面積に換算すると、40万円×120平方メートル=4,800万円となります。
これが基準価格です。
事例の売主が借金返済のため市場価格より2割安く売却していた場合、事情補正が必要です。事情補正率は100÷80=125%(1.25倍)となり、4,800万円×1.25=6,000万円に補正されます。
本来の正常価格に戻すわけですね。
取引時点から10%値下がりしている場合、時点修正率は90%です。6,000万円×0.9=5,400万円に調整されます。
市場の価格変動を反映した金額になります。
対象地が変形地で標準的な土地より10%価値が低いと判断した場合、標準化補正率は90%です。5,400万円×0.9=4,860万円になります。
標準地の価格に換算できました。
対象地が閑静で治安の良い住宅街にあり、事例の地域より10%価値が高いと判断した場合、地域要因比較率は110%です。4,860万円×1.1=5,346万円となります。
地域の優位性が価格に反映されます。
対象地の日当たりが悪く5%価値が低いと判断した場合、個別要因比較率は95%です。5,346万円×0.95=5,079万円が最終的な査定額になります。
全体の計算式をまとめると次のようになります。
$$4,800万円 \times 1.25 \times 0.9 \times 0.9 \times 1.1 \times 0.95 = 5,079万円$$
実務では3~4件の事例でそれぞれ計算し、得られた価格を比較考量して最終的な査定額を決定します。事例Aから坪98万円、事例Bから坪100万円、事例Cから坪102万円という結果なら、標準地の単価は坪100万円程度が妥当と判断するわけです。
取引事例比較法の計算で事例収集する際の基準
適切な事例を収集することが計算精度を左右します。事例選択の基準は明確に定められており、半年以内に売買されている、立地条件が類似している、敷地面積が類似している、仕様や規模が類似している、築年数が類似している、最寄り駅からの距離が類似している、という6つのポイントを満たす必要があります。
半年以内という期間が重要です。不動産市場は常に変動しており、古い事例では時点修正の精度が落ちます。
実務上の事例選択では4つの要件が重視されます。場所的同一性(近隣地域または同一需給圏内)、事情の正常性(特殊事情がないか、事情補正可能か)、時点修正可能性(適切な時点修正率を導き出せるか)、地域要因・個別要因の比較可能性(合理的な比較調整ができるか)という要件です。
これらを満たさない事例は採用できません。
事例不足の状況では取引事例比較法の限界が露呈します。山林、特殊工場、都市計画外の広大地、歴史的建造物などは類似事例が極端に少なく、事例比較による査定が困難です。このような場合、収益還元法や原価法を併用し、複数の手法から得られた試算価格を総合的に判断する必要があります。
単一の手法に固執するのは危険です。
近年は査定システムの普及で自動的に事例が抽出されますが、システムが選んだ事例が本当に適切かを判断するのは不動産業従事者の責任です。事例の詳細情報(売主・買主の事情、周辺環境、取引の背景など)を可能な限り収集し、特殊事情がないか精査する必要があります。
国土交通省の不動産情報ライブラリやレインズなどのデータベースを活用すれば、より多くの事例情報にアクセスできます。情報の非対称性を克服するため、積極的に複数の情報源を利用しましょう。
取引事例比較法の計算における時点修正と標準化補正の違い
時点修正と標準化補正は混同されやすいものの、目的が全く異なります。時点修正は取引時点と価格時点の間の価格水準の変動を調整するもので、「いつ」の価格かを現在に合わせる作業です。標準化補正は事例の土地が持つ個性を除去して標準的な土地の価格に換算するもので、「どんな土地」かを標準化する作業です。
時間の調整と性質の調整ですね。
時点修正では地価公示価格の変動率や周辺の類似取引の価格推移を参考にします。たとえば対象地の近隣にある地価公示地点が1年間で3%上昇していれば、1年前の事例に対して時点修正率103%を適用します。地域全体の市場動向を反映させる調整と言えます。
標準化補正では事例の土地固有の特性を調整します。角地は中間画地より価値が高く、不整形地は整形地より価値が低く、広すぎる土地や狭すぎる土地は標準的な広さの土地と比べて単価が異なります。これらの個性を取り除き、標準地の価格に換算するのが標準化補正の役割です。
具体例で違いを見てみましょう。2年前に取引された角地の事例があるとします。時点修正では2年間の価格変動(たとえば5%上昇)を反映させて事例価格×1.05とします。標準化補正では角地という個性(たとえば中間画地より10%高い)を除去するため、時点修正後の価格÷1.1として標準地の価格に換算します。
掛け算と割り算が逆ですね。
実務で間違いやすいのは、標準化補正を対象地に適用してしまうケースです。標準化補正は事例に対して行うもので、対象地の個性は最後の個別要因比較で反映させます。事例を標準地に換算してから、対象地の個性を加味するという流れを守る必要があります。
不動産鑑定評価基準では「標準化補正は取引事例の個別的要因を標準的な状態に補正するもの」と明記されています。
対象地の補正ではないことを理解しましょう。
取引事例比較法の計算結果が実務で使えないケース
一戸建ての査定では取引事例比較法が機能しにくい現実があります。建物の設計、間取り、デザイン、仕様、設備のグレード、敷地の形状、向きなど、一戸建ては条件や特徴が多岐にわたるため、本当に類似する事例を見つけるのが極めて困難です。同じ地域で同じ面積の一戸建てでも、建物の個性が大きく異なれば価格も大きく変わります。
マンションなら比較しやすいですね。
一戸建ての場合、土地部分は取引事例比較法で査定し、建物部分は原価法で査定するのが実務の標準です。土地は立地や面積で比較できますが、建物は再調達原価から減価修正を行う原価法の方が合理的な価格を算出できます。
客観的な要因のみで査定される点も限界です。デザインへのこだわり、希少な建材の使用、著名建築家の設計など、主観的な価値は取引事例比較法では反映されません。売主が思い入れを持っている物件でも、事例比較では市場相場に基づく客観的な価格しか算出できないのです。
それで納得いかない売主もいます。
特殊な事情も査定に算入されません。たまたま複数の購入希望者が競り合っている物件、相続税対策で急いで売却する必要がある物件、隣地の所有者が拡張のため高値で買いたがっている物件など、需給バランスの一時的な偏りによる価格変動は取引事例比較法では考慮されないのが原則です。
不動産会社の力量に査定精度が依存する点も課題です。適切な事例を収集できる情報ネットワークを持っているか、事例の詳細情報(特殊事情の有無など)を入手できるか、各補正率を合理的に設定できる分析能力があるか、これらすべてが査定の精度を左右します。
経験の浅い担当者に任せるのは危険です。
事例不足の地域では取引事例比較法だけでは査定できません。過疎地、特殊用途の物件、新興住宅地など、参考になる事例が見つからない場合は、収益還元法(将来の収益から価格を逆算)や開発法(開発後の価値から開発コストを差し引く)などの代替手法を駆使する必要があります。
事例不在を理由に査定を拒否するのは論外であり、経験と勘だけで価格を算出することも許されません。複数の鑑定手法を組み合わせ、論理的な根拠を持って査定額を提示することが不動産業従事者の責務です。
「事例不足を克服せよ!取引事例比較法の限界とプロが駆使する代替アプローチ」- 事例不足時の実務対応策
Please continue.

