全国計画・住生活基本計画が宅建事業の実務に与える影響
住宅性能情報を明示しないまま売り物件を案内すると、あなたは成約チャンスを半分以上失っている可能性があります。
住生活基本計画(全国計画)とは何か・策定の根拠と歴史
住生活基本計画(全国計画)は、「住生活基本法」(平成18年法律第61号)第15条に基づき、国民の住生活の安定の確保および向上の促進に関する基本的な計画として政府が策定するものです。計画期間は10年間が原則で、おおむね5年後に見直しを行うとされています。
戦後の住宅政策は「住宅建設計画法」(昭和41年)に基づく「住宅建設五箇年計画」から始まりました。当初は「量の確保」が最優先でしたが、昭和50年代以降に住宅の総数が世帯総数を上回ると、政策の重点は「質の向上」へと移行しました。平成18年に住生活基本法が施行されたことで、新築を大量供給する発想から、住宅ストックを重視した政策に本格的に転換したわけです。
現行の計画は令和3年3月19日に閣議決定され、令和3年度〜12年度(2021〜2030年度)を計画期間としています。「社会環境の変化」「居住者・コミュニティ」「住宅ストック・産業」の3視点から8つの目標が設定されました。そして2025年10月から社会資本整備審議会住宅宅地分科会での審議が進められ、2026年3月の閣議決定を目指して次期計画の案がとりまとめられています。
つまり計画のリニューアルが今まさに起きています。
不動産会社や宅建士にとって、この計画は単なる行政文書ではありません。国が今後10年の住宅政策の方向性を明示するものですから、どんな物件が売れやすくなるのか、どんな取引がより重視されるのか、業務の優先順位を変えるヒントが詰まっています。
参考:国が策定する住生活の基本指針を網羅的に確認できる公式ページです。
全国計画・住生活基本計画の新たな3視点と11の目標
2026年3月に閣議決定が予定されている次期計画では、構成が大きく刷新されます。現行の「3視点8目標」から「3視点11目標」に拡充され、特に宅建事業者が注目すべき変更が含まれています。
新しい3つの視点は次のとおりです。まず「住まうヒト」の視点では、人生100年時代を見据えた高齢者支援、若年・子育て世帯の住まい確保、住宅確保要配慮者への居住支援、そして今回初めて盛り込まれた「住宅のアフォーダブル性(過度な負担なく住まいを確保できる環境)」が目標に加わりました。これが目標1〜4に対応します。
「住まうモノ」の視点では、多世代にわたる住宅ストックの形成、ストックの性能・利用価値の適正評価と循環、管理・再生・除却の一体推進、持続可能な住宅地の形成、そして頻発する災害への対応と5つの目標(目標5〜9)が設けられます。住宅ストック重視の姿勢がとくに鮮明です。
「住まいを支えるプレイヤー」の視点では、担い手の確保・育成や住生活産業の発展(目標10)と、国と地方における住宅行政の役割明確化(目標11)の2目標が置かれます。全国で宅建業者数は増加傾向にある一方、都道府県別では22府県で減少しているというデータも計画の審議資料に盛り込まれており、地方での担い手不足が政策課題として認識されています。
注目すべきは「持続可能性の視点」が独立して目標化されたこと、そして「アフォーダブル住宅」という概念が国の計画に初めて登場したことです。これは宅建業者が顧客への提案内容を見直す必要があることを示しています。
成果指標も具体的です。住宅の資産価値を評価するローンを取り扱う民間金融機関の割合を現状の27%から35%(2035年)に引き上げる、高齢期の暮らしを支える住宅供給数を108万戸から150万戸へ拡大するなど、数値目標が明確に示されています。
参考:現行計画(令和3年3月閣議決定)の成果指標の全体像が確認できる資料です。
全国計画が示す「既存住宅流通」の目標と宅建業者への影響
次期計画の最大の特徴は、「ストックに本気」というメッセージです。現行計画では既存住宅流通とリフォームの市場規模を12兆円(平成30年)から14兆円(令和12年)へ拡大する目標を掲げています。次期計画(令和8〜17年度)では、この目標がさらに引き上げられ、既存住宅取引・リフォーム市場の規模を16.9兆円(現状)から20兆円に拡大することが重要観測指標に設定されています。
市場規模16.9兆円というのは、東京ドーム建設費(約350億円)換算で約480個分に相当する規模です。これをさらに20兆円へと押し上げる政策が打たれるということです。
宅建業者にとって直接関係するのは、住宅性能情報の「見える化」です。現行計画では「住宅性能に関する情報が明示された住宅の既存住宅流通に占める割合」を15%(令和元年)から50%(令和12年)にする目標が掲げられましたが、直近の実績値は14%にとどまっています。目標の達成率がわずか1%にも満たない水準で止まっているという厳しい現実があります。
次期計画では、耐震性が不十分な住宅ストックの割合を現状の10%からおおむね解消することを目指し、省エネ性能(BEI平均)を1.3から1.0へ改善、一定の断熱・遮音性能を備える民間賃貸住宅の割合を9.8%から20%にする成果指標も設定されています。
これは媒介業務に直結します。既存住宅の取引時に性能情報を積極的に開示・説明できる宅建業者が、今後の市場で評価されていくことを意味しています。宅建業法に基づく重要事項説明と合わせて、インスペクション(建物状況調査)の活用や長期優良住宅の確認、省エネ性能表示への理解が業務上の競争力につながります。
参考:既存住宅流通の活性化と長期優良住宅の関係が詳しく解説されています。
住生活基本計画の閣議決定と既存住宅の流通の活性化(参議院調査報告)
全国計画に明記された空き家・相続対応と宅建業者への周知強化
次期計画の審議資料では、空き家問題への対応が大幅に強化されています。賃貸・売却用等以外の「その他空き家」(居住目的のない空き家)は、2003年の約182万戸から2023年には約349万戸へと約1.9倍に膨れ上がりました。次期計画では「その他空き家」を2025年で400万戸程度に抑えることを成果指標として新設しています。
400万戸という数字は、日本の全住宅ストック約6,200万戸のうち約6.5%に相当します。この規模の空き家が市場に潜在しているという現実を、宅建事業者はビジネスの文脈で正しく理解する必要があります。
とくに注目すべきは「相続空き家」です。次期計画の素案には「2050年に向けて比較的利便性の高い既成住宅地において相続を迎える住宅・宅地の本格的な有効活用が急務」と明記されています。相続空き家やその予備軍(将来的に空き家となるおそれのある住宅)の早期活用に向けた所有者・取得者への支援が施策例として盛り込まれています。
居住支援協議会の設立市区町村における人口カバー率は、現状の約4割から9割へ引き上げることも目標指標です。これは宅建業者と福祉・居住支援法人との連携強化が求められることを意味しています。
さらに、次期計画素案にはリースバック取引に関する記述があります。「リースバックの勧誘等に当たり求められる対応についての宅建業者への周知及び指導の強化」が施策例として明示されているのです。高齢者を対象としたリースバック取引で消費者被害が相次いでいる実態を受けた措置です。この点を知らずにいると、業者への行政指導や監督処分のリスクが高まります。
管理不全空き家の除却数を令和3〜12年度の10年間で20万物件にする指標もあります。空き家管理の義務化や固定資産税の特例外しにつながる特定空家制度の活用が広がっており、所有者からの売却相談が今後も増加することは確実です。
参考:次期計画(案)の詳細な成果指標と政策方針が確認できます。
全国計画・住生活基本計画を活かした宅建事業の独自戦略
住生活基本計画は法律で定められた10年の指針ですが、実務的には「次の5年で市場がどう動くか」の先読みツールとして機能します。多くの宅建業者が「計画は読んでおくべきもの」と思いつつも実務に落とし込めていません。そこに他社との差別化の余地があります。
まず確認しておきたいのは、計画が「方向性」を示すだけでなく「成果指標」で具体的な数値目標を設定している点です。たとえば「既存住宅流通及びリフォーム市場20兆円」「耐震不十分な住宅の割合をほぼ解消」「省エネ民間賃貸の割合を20%に」といった数値は、どの物件を強化すべきか、どの顧客に何を訴求すべきかの指針になります。
次に、計画が「住まいを支えるプレイヤー」として宅建業者を明確に位置づけている点も重要です。単なる取引仲介者としてではなく、住宅ストックの循環を担う存在として国が期待しているわけです。これは業者としての社会的役割の再定義につながります。
具体的な実務対応として3点が考えられます。第一に、既存住宅の性能情報(耐震・省エネ・劣化対策)を積極的に確認・提示する体制の整備です。住宅性能評価書や長期優良住宅認定書の有無を物件受託時にチェックリスト化するだけで、顧客への説明の質が変わります。
第二に、空き家・相続対応の相談窓口を設けることです。相続税申告後の不動産処分相談や、空き家管理から売却・賃貸化への一貫したサービスは、高齢化が進む地域での集客力になります。司法書士や税理士との連携を公表するだけでも信頼性は高まります。
第三に、居住支援協議会への参加や住宅セーフティネット登録住宅の取り扱いに慣れておくことです。次期計画では居住支援体制の充実が重要目標のひとつです。高齢単身者・外国籍・障害者などの住宅確保要配慮者への対応実績は、自治体や居住支援法人からの紹介案件の入口になります。
住生活基本計画が目指す「循環型市場」の担い手になるかどうかは、今から準備しておけるかどうかにかかっています。これは得をする話です。
参考:次期住生活基本計画の策定プロセスと論点について詳しく解説されています。