建物状況調査の重要事項説明と賃貸
賃貸でも説明を省略すると損害賠償のリスクがある
建物状況調査における賃貸物件の説明義務の範囲
2018年4月の宅地建物取引業法改正により、建物状況調査(インスペクション)に関する説明義務が不動産業者に課されました。多くの不動産業従事者は、この義務が売買取引のみに適用されると誤解していますが、実は賃貸取引でも説明義務の対象です。
宅建業法第35条では、賃貸借の仲介を行う場合にも、既存建物について建物状況調査の実施有無を重要事項として説明することが定められています。つまり、賃貸物件の仲介を行う際にも、調査が実施されているか否かを借主に伝える必要があるということですね。
説明が必要な具体的な内容は以下の通りです。
📌 建物状況調査の実施の有無
- 過去1年以内(マンション等は2年以内)に調査が実施されているかどうか
- 実施されていない場合は「無」と説明
📌 調査が実施されている場合の追加説明内容
- 調査の実施年月日
- 調査を実施した建築士(既存住宅状況調査技術者)の氏名
- 調査結果の概要(劣化事象の有無など)
賃貸の場合、実際には建物状況調査が実施されていないケースがほとんどです。しかし、「実施されていない」という事実そのものを説明することが義務なのです。説明を省略してしまうと、宅建業法違反となる可能性があり、後々トラブルに発展した際に調査義務違反を問われるリスクがあります。
特に注意が必要なのは、賃貸物件で入居後に雨漏りや構造上の不具合が発見されたケースです。建物状況調査の説明が不十分だった場合、媒介業者は適切な調査・説明義務を果たしていなかったとして、損害賠償責任を負う可能性があります。これは売主が契約不適合責任を負わないとする特約がある場合でも同様です。
全国宅地建物取引業協会連合会のQ&Aによれば、媒介業者が建物状況調査の説明を怠った場合、トラブル発生時に調査義務違反に問われる事例が多数確認されています。つまり、賃貸だからといって説明を省略できるわけではないのです。
建物状況調査に関する詳細なQ&A(全国宅地建物取引業協会連合会)
建物状況調査の有効期限と2024年改正のポイント
建物状況調査の結果には有効期限が設定されているわけではありませんが、重要事項説明の対象となる調査には明確な期間要件があります。2024年4月の宅地建物取引業法施行規則の改正により、この期間要件が建物の構造によって細分化されました。
従来は、建物の種類を問わず「調査実施後1年以内」のものが重要事項説明の対象とされていました。しかし、改正後は以下のように変更されています。
🏠 木造戸建て住宅・木造アパート等
- 調査実施後1年以内のものが対象(従来通り)
🏢 鉄筋コンクリート造または鉄骨鉄筋コンクリート造の共同住宅(マンション等)
- 調査実施後2年以内のものが対象(改正により延長)
この改正の背景には、建物の構造や劣化速度の違いがあります。鉄筋コンクリート造のマンションは木造住宅に比べて劣化の進行が遅いため、調査結果の有効性が長く保たれるという考え方です。東京ドーム約6個分の広さに相当する大規模マンションの場合、調査費用も高額になるため、有効期間を延長することで実施のハードルを下げる狙いもあります。
実務上、注意すべきポイントがいくつかあります。まず、重要事項説明時点で期間内であった調査が、売買契約締結時には期間を経過していた場合です。このケースでは、37条書面(契約書面)への記載対象とはなりませんが、説明義務違反には該当しません。
また、大規模な自然災害が発生した場合の取り扱いも重要です。建物状況調査を実施してから1年(マンション等の場合2年)を経過する前に地震や台風などの災害が発生した場合、調査結果と建物の現況に大きな乖離が生じている可能性があります。このような場合は、調査結果の有効性について慎重に判断し、依頼者に対して再調査を提案することも検討すべきです。
有効期間の計算方法も明確に理解しておく必要があります。「調査実施後1年以内」とは、調査を実施した日から起算して1年を経過していないことを意味します。厳密に言えば、調査実施日の1年後の同日の前日までが期間内ということですね。
賃貸の実務では、建物状況調査が実施されていないケースが大半ですが、オーナーが物件の資産価値維持のために自主的に調査を実施している場合もあります。そのような場合は、調査実施日を確認し、有効期間内であれば積極的に説明に活用することで、物件の信頼性向上につながります。
建物状況調査が実施されない理由と費用の実態
賃貸物件では建物状況調査がほとんど実施されていないのが現状です。国土交通省が令和4年度に実施した消費者向けアンケート調査によれば、インスペクションを実施しなかった理由として「早く売りたかった」「費用負担を避けたかった」「早く購入したかった(買主)」が上位に挙げられています。
賃貸物件の場合、さらに実施されにくい構造的な理由があります。賃貸では物件の所有権移転が発生しないため、入居者側に高額な調査費用を負担するインセンティブが働きにくいのです。オーナー側も、入居期間が限定的な賃貸借契約のために調査費用を投じることに消極的な傾向があります。
建物状況調査の費用相場は、標準的な検査内容の場合で6万円程度からが目安です。ただし、以下の要因によって費用は大きく変動します。
💴 費用に影響する主な要因
例えば、延床面積120㎡程度の木造戸建て住宅(はがき約380枚分の広さ)であれば6万円程度が相場ですが、鉄筋コンクリート造のマンション1戸の場合は規模によって8万円から15万円程度かかることがあります。大規模マンション全体の調査となると、数十万円から百万円以上になるケースもあります。
費用負担の原則は「調査を依頼する側」です。つまり、売買の場合は売主または買主、賃貸の場合はオーナーまたは入居希望者が負担することになります。しかし、調査費用の負担者について法律上の定めはなく、当事者間の協議で決定できます。
実務上のポイントとして、宅建業者から調査実施者をあっせんする際、あっせん料を別途請求することは認められていません。あっせん自体は媒介業務の一環であり、通常の仲介手数料に含まれると解釈されているためです。
意外ですね。
費用負担を回避したい依頼者に対しては、建物状況調査を実施しないことのリスクも併せて説明する必要があります。調査を実施しない場合、引渡し後に想定外の修繕費用が発生するリスクがあり、その金額が調査費用を大きく上回る可能性があることを伝えるべきです。
例えば、雨漏りの修繕費用は規模によって数十万円から百万円以上かかることもあります。調査費用の6万円と比較すれば、事前に建物の状態を把握しておくことの経済的メリットは明らかです。
建物状況調査における媒介契約時のあっせん義務
建物状況調査に関して、宅建業者には媒介契約締結時に重要な義務があります。それが「建物状況調査を実施する者のあっせんの有無」を記載し、説明する義務です。2024年4月の改正により、この義務の内容がより厳格化されました。
従来、宅建業者は媒介契約書に調査実施者のあっせんが「有」か「無」かを記載するだけで足りました。しかし、改正後はあっせん「無」とする場合にその理由を明記することが義務付けられました。
この変更は重要です。
あっせん「無」とする理由として記載すべき内容の例は以下の通りです。
📝 あっせん「無」の理由記載例
賃貸物件の場合、実務上は「依頼者が実施を希望していないため」という理由が最も多くなると考えられます。ただし、この理由を記載する前提として、依頼者に対して建物状況調査の制度概要を適切に説明し、実施の意向を確認しておく必要があります。
ここで重要なのは、あっせんの有無を決める前段階での説明義務です。宅建業者は、依頼者が建物状況調査の制度内容を理解した上で判断できるよう、以下の事項を説明する必要があります。
🔍 媒介契約時に説明すべき内容
- 建物状況調査とは何か(制度の概要)
- 調査を実施するメリット(建物の状態把握、トラブル予防等)
- 調査を実施しないリスク(引渡し後の不具合発見等)
- 調査の費用相場(6万円程度から)
- 調査の有効期間(木造1年、RC造等2年)
これらの説明を省略して、単に「あっせんしますか?」と形式的に確認するだけでは不十分です。依頼者が制度を理解していない状態で「不要です」と答えた場合でも、後にトラブルが発生すれば、説明義務違反を問われる可能性があるからです。
賃貸の媒介契約では、貸主側と借主側の双方に対してあっせんの可否を伝える必要があります。一般的には貸主側にのみ伝えればよいと誤解されがちですが、借主が自らの費用負担で調査を希望するケースもあるため、借主側にもあっせんの機会を提供すべきです。
調査実施者のあっせんとは、具体的には、依頼者と調査実施者との間で調査実施に向けた具体的なやりとりが行われるように宅建業者が手配することを指します。単に調査実施者のリストを渡すだけでは不十分で、依頼者の希望を踏まえて適切な調査実施者を紹介し、連絡先を伝えるなどの対応が求められます。
国土交通省のホームページでは、調査実施者の情報検索サイトが公開されています。このようなサイトを活用して、地域や専門分野に応じた調査実施者をあっせんすることができます。
建物状況調査あっせん「無」の理由記載に関する詳細(日本住宅保証検査機構)
建物状況調査の説明不足によるトラブル事例と予防策
建物状況調査に関する説明義務を怠ったことで発生したトラブル事例が、近年増加傾向にあります。不動産適正取引推進機構の判例データベースには、媒介業者の調査・説明義務違反が争点となった複数の事例が掲載されています。
典型的なトラブルパターンとして、以下のようなケースがあります。収益物件の買主が、媒介業者に対して賃貸借契約や建物の状況の正確な情報を調査・説明しなかったとして損害賠償を求めた事案では、媒介業者の不完全履行による買主の損害が認められました。
賃貸取引における具体的なトラブル事例を見てみましょう。ある借主が賃貸物件に入居後、床下浸水の被害に遭いました。仲介会社は契約前に周辺地域で過去に浸水被害があったことを知っていたにもかかわらず、その事実を借主に説明していませんでした。この場合、仲介会社の説明義務違反が認められ、損害賠償責任を負うことになりました。
建物状況調査の説明に関しても、同様のリスクがあります。調査が実施されていないこと自体は違法ではありませんが、その事実を説明しなかったり、調査の有無を確認せずに「無」と説明したりした場合、説明義務違反となる可能性があるのです。
トラブルを予防するための実務対応として、以下の点を徹底すべきです。
⚠️ 説明義務違反を防ぐチェックポイント
- 重要事項説明書に建物状況調査の実施有無の欄を必ず設ける
- 「無」と記載する場合も、確認した旨を記録に残す
- 口頭説明だけでなく、書面での説明を徹底する
- 説明を受けた証として、依頼者の署名・押印を得る
- 説明内容について質問の機会を設ける
賃貸の場合、建物状況調査が実施されていないケースがほとんどですが、だからこそ「実施されていない」という事実を確実に伝えることが重要です。説明を省略してしまうと、入居後に建物の不具合が発見された際、「事前に説明を受けていれば契約しなかった」と主張される可能性があります。
特に築年数が古い物件や、過去に大規模修繕が行われていない物件の場合、建物の状態について借主の関心が高まります。このような物件では、建物状況調査の説明とともに、物件の現況についても丁寧に説明することが求められます。
説明義務違反による損害賠償請求のリスクを回避するためには、説明内容を記録として残すことが不可欠です。重要事項説明書への記載はもちろん、媒介契約時の説明内容についても、議事録やメモとして保管しておくべきです。これにより、万が一トラブルが発生した場合でも、適切な説明を行ったことを証明できます。
また、IT重説(オンラインによる重要事項説明)を行う場合も、建物状況調査の説明は省略できません。画面共有機能を活用して、重要事項説明書の該当箇所を明示しながら説明することで、対面と同等の説明品質を確保できます。
法令遵守の観点からも、説明義務の徹底は必須です。宅建業法第35条違反として行政処分の対象となる可能性があるだけでなく、重大な違反の場合は業務停止命令が下されることもあります。
厳しいですね。
Please continue.

