職権登記と登録免許税の非課税を宅建業者が正しく理解する
自分で申請した人だけが1,000円の登録免許税を払い、職権登記を使った人は0円で済みます。
職権登記(スマート変更登記)とは何か:制度の基本と登録免許税の関係
令和3年の民法等一部改正に伴い、不動産登記法が改正されました。令和8年4月1日から、不動産の所有権登記名義人は、住所・氏名(法人の場合は本店・商号)に変更が生じた日から2年以内に変更登記を申請することが義務になっています。義務に違反すると、正当な理由がない限り5万円以下の過料の対象となります。
この義務化に合わせて創設されたのが「職権変更登記制度」、通称「スマート変更登記」です。つまり登記官が、他の公的機関から取得した情報に基づき、職権で所有権登記名義人の住所等変更登記を行うことができる仕組みです。
ここで重要なのが、職権による変更登記の登録免許税は非課税とされている点です。これは法務省が令和7年3月28日付で公表した「住所等変更登記の義務化の施行に向けたマスタープラン」にも明記されています。
通常、自身で申請する住所変更登記の登録免許税は不動産1個につき1,000円です。たとえば土地・建物2個なら2,000円、マンションの場合は敷地権の土地の個数によっては30,000円を超えることもあります。それが0円になるということですね。
不動産を多数所有・共有している顧客ほど、この制度活用による節税メリットは大きくなります。宅建業者としては、この非課税メリットを含めて顧客に正確に伝えることが求められます。
参考:法務省「住所等変更登記の義務化の施行に向けたマスタープラン」(令和7年3月28日付)
法務省マスタープランPDF:職権による変更登記の登録免許税が非課税と明記されている公式文書
職権登記を使うための「検索用情報の申出」:宅建業者が顧客に案内すべき手順
スマート変更登記を利用するには、事前に「検索用情報の申出」が必要です。これが条件です。
自然人(個人)の場合、法務局は住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を使って住所・氏名の変更を検知します。そのためには、登記名義人本人があらかじめ以下の「検索用情報」を法務局に申し出ておく必要があります。
| 申出する情報 | 公開の有無 |
|---|---|
| 氏名・住所 | 登記簿に表示あり |
| 氏名の振り仮名 | 非公開 |
| 生年月日 | 非公開 |
| メールアドレス | 非公開(意思確認通知に使用) |
この申出は令和7年4月21日から開始されており、Webブラウザ(法務省の「かんたん登記申請」サービス)または書面で行えます。手続き自体に登録免許税はかかりません。
申出の後、令和8年4月1日以降、法務局が2年に1回以上のペースで住基ネットを照会します。住所等に変更があれば、登記名義人に対してメール(またはメール未登録の場合は書面)で意思確認を行い、了解を得た上で職権登記が完了します。これにより変更登記の義務は「履行済み」とみなされ、過料の対象にもなりません。
宅建業者として重要なのは、令和7年4月21日以降に所有権の保存・移転等の登記申請をする場合は、登記申請と同時に検索用情報の申出が原則必要という点です。司法書士がこの手続きを担うため、業者自身が直接申請するわけではありませんが、顧客に「なぜメールアドレスが必要なのか」を説明できないと不信感につながります。これは使えそうです。
参考:法務省「スマート変更登記のご利用方法」
法務省公式:スマート変更登記の申出手続き・書類様式をまとめた公式ページ
職権登記の対象外となるケース:個人・法人・海外居住者の違いに注意
スマート変更登記は万能ではありません。対象外になるケースがあります。
✅ 職権登記(スマート変更登記)が使えるケース
- 日本国内に住所を有する自然人(日本人・外国人を問わない)
- 住基ネットに登録されている人
- 令和7年4月21日以降に検索用情報の申出をした人
❌ 職権登記が使えないケース
- 海外居住者(住基ネット非登録のため照会不可)
- 法人(ただし法人には別の仕組みがある)
- 検索用情報の申出をしていない登記名義人
- 平成22年10月5日より前の住所変更(住基ネット記録なし)
法人のケースは個人と仕組みが異なります。法人は「会社法人等番号」を検索キーとして、商業・法人登記システムと不動産登記システムが内部連携します。そのため個人のような「申出・意思確認」のプロセスは不要で、自動的に職権登記が行われます。この登録免許税も非課税です。
ただし前提として、令和6年4月1日以降に所有権登記名義人となった法人は、登記申請時に「会社法人等番号」を登記事項として記載する必要があります。それ以前から所有権登記名義人となっている法人は、オンラインで申出することで職権にて会社法人等番号を登記できます。対象外かどうかの確認が条件です。
海外居住者については住基ネットで照合できないため、住所等の変更があるたびに自ら申請する必要があります。この点は、海外転勤の可能性がある顧客が不動産を購入する場面で特に注意が必要です。
参考:横浜リーガルハート司法書士事務所「法務局の職権による住所氏名変更登記の方法」
職権登記の対象・対象外・手順をわかりやすくまとめた司法書士事務所の解説記事
職権登記を「待つだけ」は危険:宅建業者として見落としがちな3つのリスク
「スマート変更登記の仕組みができたから、検索用情報を申し出ておけば何もしなくていい」と思っている方がいます。これは正確ではありません。
リスク① 照合は2年に1回以上。すぐ動くとは限らない
法務省のマスタープランによると、住基ネットの照合は「各所有権の登記名義人について2年に1回以上」を想定しています。転居直後にすぐ職権登記がされるわけではないのです。たとえば、転居後2年以内に不動産を売却する場合、住所変更登記が完了していないと売却手続きで支障が出る可能性があります。急いで売りたいのに住所変更が間に合わないケースは、実務上十分起こり得ます。
リスク② 意思確認メールに返答しないと過料の対象になる
法務局から意思確認のメールが届いたにもかかわらず、期限までに回答しなかった場合は「職権による変更登記を拒否または回答なし」とみなされ、義務違反の把握端緒となります。登録免許税0円の職権登記を利用しながら、うっかり見逃すと5万円の過料リスクが生まれます。痛いですね。
リスク③ 検索用情報の申出をした不動産にしか適用されない
たとえば、A物件の取得時に検索用情報の申出をしても、過去に取得したB物件には適用されません。複数の不動産を所有している顧客は、それぞれの物件について別途申出を行う必要があります。複数物件をお持ちの顧客への案内が漏れやすいので注意が必要です。
こういったリスクを顧客に伝えることが、宅建業者の信頼性向上につながります。「スマート変更登記を使えば全部自動で解決」という過度な期待を持たせず、「事前の申出と意思確認への返答」というアクションが必要だという点を正確に説明しましょう。
職権登記と登録免許税の非課税:2025年4月21日時点で既に所有している不動産への対応
令和7年4月21日以降に新たに所有権を取得した場合は、原則として登記申請と同時に検索用情報の申出が行われます。司法書士が対応するため、宅建業者が実務上直接関与する場面は少ないです。
一方で問題となるのは、令和7年4月21日より前からすでに不動産を所有している顧客です。この層は検索用情報の申出をしていない可能性が高く、スマート変更登記の恩恵(=登録免許税の非課税)を受けられていません。いわば宙に浮いた状態です。
このような既存の所有者は「検索用情報の単独申出」という手続きを行うことで、スマート変更登記の対象になれます。申出は法務省の「かんたん登記申請」(Webサービス)、または書面で行います。
必要なものは以下の通りです。
- 📱 マイナンバーカードまたは運転免許証・パスポート(本人確認書類)
- 📧 連絡可能なメールアドレス(意思確認通知が届く)
- 🏠 対象となる不動産の情報(地番・家屋番号など)
- 💻 Webの場合はマイナポータルアプリが必要
注意点として、平成22年10月5日より前から住所変更がある場合は、住基ネットで変更を確認できないため、戸籍の附票や本籍地入りの住民票などの追加書類が必要です。これは案外見落とされがちな点です。
宅建業者として、過去に物件を売買した顧客に対してフォローの連絡を入れることは、コンプライアンス対応と顧客との長期関係構築の両面で意義があります。「検索用情報の申出はお済みですか?」という一言が、顧客から感謝される接点になるでしょう。
参考:f-mikata.jp「【不動産業者必見】顧客の負担を軽減するスマート変更登記を徹底解説」
不動産業者向けにスマート変更登記の申請方法・注意点を実務目線で解説したコラム
職権登記と登録免許税をめぐる「公平性」問題:宅建業者が知っておくべき今後の制度動向
現行制度には、見逃せない公平性の問題があります。それが「正直者が馬鹿を見る」構図です。
具体的には次のような不均衡があります。
- ⚖️ 期限内に自ら変更登記を申請した人 → 不動産1個につき1,000円の登録免許税を納付
- ⚖️ 職権登記(スマート変更登記)を使った人 → 登録免許税は非課税(0円)
義務をまじめに果たした人が費用を負担し、法務局任せにした人は無料。これは制度の趣旨である「公平性の確保」と矛盾するのではないか、という意見は司法書士や実務家の間でも出ています。
実際、相続登記・住所変更登記義務化が国会で決まった際の附帯決議(衆議院法務委員会)には次の記述があります。「相続人申告登記、住所等の変更登記をはじめとする新たに創設する職権的登記について、登記申請義務が課される者の負担軽減を図るため、登録免許税を非課税とする措置等について検討を行うこと」と明示されています。
つまり、将来的には自ら申請する住所変更登記の登録免許税も非課税になる可能性があるのです。現時点では令和8年4月1日時点での法令に基づく運用が続いていますが、制度改正の動向には引き続き注目が必要です。
宅建業者にとっては、こうした制度の動きをいち早くキャッチし、顧客にタイムリーに情報提供することが差別化につながります。「登録免許税が将来的に変わるかもしれない」という情報を提供できる業者は、顧客にとって頼りになる存在です。結論はまだ先の話ですが、情報収集のアンテナを立てておきましょう。
参考:相続のはなし「Q 住所変更登記が義務化されますが、忘れても職権登記されるので問題ない?」
職権登記と自主申請の公平性問題・附帯決議の内容を実務家の視点で掘り下げた記事

不動産の表示・所有権保存の登記マニュアル 不動産登記シリーズ1/勝田一男(著者)
