本人特定事項の確認と弁護士への正しい対応を宅建業者が知るべき理由
弁護士が代理人でも、顧客本人の本人特定事項の確認をあなたが省略すると、300万円以下の罰金リスクを背負います。
本人特定事項の確認とは何か:宅建業者が押さえる犯収法の基本
「本人特定事項の確認」とは、犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)に基づいて、取引の相手方が実在する人物・法人であることを確かめるための手続きです。宅建業者は同法における「特定事業者」の一つに位置付けられており、特定取引を行う際には必ずこの確認を実施しなければなりません。
確認が必要な「特定取引」は、宅地建物の売買契約の締結、またはその代理・媒介です。賃貸借の代理・媒介や交換はこの対象に含まれない点が重要です。つまり賃貸専門の業者であっても、売買に関与した瞬間に義務が発生します。
確認すべき内容は、顧客が個人か法人かで大きく異なります。
| 顧客の区分 | 確認すべき本人特定事項 | その他の確認事項 |
|---|---|---|
| 個人(自然人) | 氏名・住所・生年月日 | 取引目的・職業 |
| 法人 | 名称・本店または主たる事務所の所在地 | 取引目的・事業内容・実質的支配者 |
法人の場合、法人自体の確認だけでは終わりません。株式の25%超の議決権を直接または間接に保有する「実質的支配者」が存在する場合は、その個人の氏名・住所・生年月日まで確認が必要です。これが原則です。
さらに、法人の代表者や実際に窓口に来た取引担当者についても、氏名・住所・生年月日の本人特定事項を個別に確認しなければなりません。法人の本人特定事項と担当者の確認は、別個の手続きとして行う必要があります。
また、「5年以内に同一顧客の確認記録が保存されている」場合は、改めての確認を省略できるケースがあります。ただし、なりすましの疑いがある・虚偽申告の疑いがあるという事情があれば、再確認が必要です。
全日本不動産協会:犯収法における取引時確認事項の詳細(取引時確認として確認すべき事項・図表あり)
本人特定事項の確認で弁護士が代理人として登場するケースの実務
不動産売買の現場では、顧客が高齢・病気・遠方などの事情により、弁護士を代理人として送り込んでくるケースが実務上よくあります。「弁護士が来たから、もう先生が確認してくれているはずだ」という思い込みは危険です。
宅建業者には、弁護士が行った本人確認とは独立して、犯収法に基づく取引時確認の義務が課されています。これは、宅建業者と弁護士とでは確認すべき事項が異なるうえに、宅建業者自身の知識・経験をもって「疑わしい取引かどうか」を判断する必要があるためです。
では、弁護士が代理人として来た場合、宅建業者は何を確認すればよいのでしょうか?
具体的には次の3つが必要になります。
- 顧客本人(売主・買主)の本人特定事項の確認:氏名・住所・生年月日、取引目的、職業(個人の場合)
- 代理人(弁護士)の本人特定事項の確認:氏名・住所・生年月日
- 代理権限の確認:委任状などで代理人が顧客のために取引を行う権限を有していることの確認
代理人が弁護士であっても、「本人(顧客)の本人特定事項の確認」は省略できません。顧客本人が来ていない場合は、郵送による本人確認書類の受領など、非対面取引のルールに従った方法で確認を行う必要があります。
弁護士が代理人として登場した際の確認書類については、「弁護士であることを証する書類(弁護士証)」が本人確認書類の一種として認められています。これに加え、委任状の確認が必須です。弁護士証だけでは不十分という点を覚えておけばOKです。
なお、弁護士が「弁護士として代理で来ている」以上、当然に弁護士自身の本人特定事項(氏名・住所・生年月日)も記録に残す必要があります。これを漏らすと確認記録の不備になる可能性があるため注意が必要です。
LIFULL HOME’S Business:犯収法における宅建業者の本人確認義務(複数業者関与の場合の責任分担も解説)
本人特定事項の確認で「弁護士が既に確認済み」でも省略できない根拠
弁護士は、日弁連の会則に基づく「依頼者の本人特定事項の確認及び記録保存等に関する規程」(以下「日弁連規程」)によって、不動産の売買に関与する際に依頼者の本人特定事項を確認する義務を負っています。弁護士もいわば独自の本人確認義務を持つ主体なのです。
ただし、弁護士と宅建業者は根拠法が違います。弁護士は日弁連の会則ベース、宅建業者は犯収法ベースです。つまり、同じ「本人確認」であっても、それぞれ独自の義務として並立して存在します。
法律の条文上も明確で、犯収法のハンドブック(不動産流通推進センター・国土交通省協力)では次のように定めています。「不動産の売買取引には、通常、金融機関や司法書士等の他の特定事業者も関与することがありますが、この場合、金融機関等の他の特定事業者が顧客への取引時確認を行っていたとしても、宅建業者による取引時確認の実施が省略できるものではなく、宅建業者としてあらためて取引時確認を行う必要があります」。これは原則です。
「弁護士先生が確認してくれているから」という理由での省略は、この原則から逸脱する行為にあたります。厳しいところですね。
日弁連規程のポイントとして、弁護士が不動産の売買に関与する準備または実行を行う場合に本人特定事項の確認が必要とされています。また、200万円以上の資産を預かる行為(法律事務に関連する場合)も確認対象です。この2パターンのどちらかに当たる不動産売買に関与した弁護士は、独自に依頼者の本人特定事項を確認している可能性が高い。しかし、その弁護士の確認記録は宅建業者には開示されませんし、そもそも宅建業者の確認義務を代替するものではありません。
「弁護士が確認した」=「宅建業者も確認した」とはならない、というのが法の原則です。
日本弁護士連合会:弁護士業務におけるマネー・ローンダリング対策(依頼者の本人特定事項確認の規程・書式・eラーニング等)
本人特定事項の確認で宅建業者が見落としがちなハイリスク取引への対応
通常の取引時確認に加え、マネー・ローンダリングのリスクが特に高い「ハイリスク取引」に該当する場合は、より厳格な確認が必要になります。これはあまり知られていない盲点です。
ハイリスク取引に該当する場面は、主に4つあります。
- なりすましの疑いがある取引
- 本人特定事項などを偽っていた疑いがある顧客との取引
- マネー・ローンダリング対策が不十分な特定国(イラン・北朝鮮など)に居住・所在する顧客との取引
- 外国PEPs(重要な公的地位にある者、またはその家族)との取引
これらに該当する場合、通常の確認事項に加えて「資産・収入の状況」まで確認しなければなりません。弁護士が代理人として来ている場合でも、顧客本人の属性によってはこのハイリスク取引の要件に当てはまることがあります。
弁護士が代理人であるという事実そのものがハイリスクを意味するわけではありません。しかし、顧客が外国に居住していたり、取引内容が不自然に高額・短期売却を組み合わせていたりするケースでは、ハイリスク取引に該当しないかの判断が宅建業者に求められます。
疑わしい取引の参考事例として、国土交通省協力のハンドブックには「顧客の収入・資産に見合わない高額な物件を多額の現金で購入しようとする」「短期間に複数の不動産を現金で取引し総額が多額である」「市場価格を大幅に下回る金額での売却で合理的な理由が見当たらない」といった具体例が挙げられています。
これらの判断は宅建業者の現場に立つ担当者の経験と知識に委ねられています。弁護士という「信頼できる第三者」が間に入っていても、疑わしい取引の判断を行う義務は宅建業者が独自に負っています。これが条件です。
不動産流通推進センター:犯罪収益移転防止のためのハンドブック 第2分冊(疑わしき取引の届出編・参考事例・チェックリスト収録)
本人特定事項の確認記録の保存期間と宅建業法との違いに注意
犯収法に基づく確認記録と取引記録の保存期間は、特定取引に係る契約が終了した日から7年間です。これに対し、宅建業法第49条が定める取引帳簿の保存期間は5年間です。
7年と5年。この2年間の差が実務上の落とし穴になります。
「宅建業法の帳簿と一緒にとじておけばいい」という考え方は合理的であり、公式のハンドブックでも推奨されています。ただし、宅建業法ベースで「5年たったから廃棄していい」と判断してしまうと、犯収法の7年保存義務を満たせなくなります。管理の仕組みを作るときは、保存年限を7年ベースに統一するのが安全です。
確認記録に記載しなければならない内容は大きく2種類です。
確認記録(取引時確認を行ったことを証明するもの)
- 確認した本人特定事項の内容
- 確認に使用した本人確認書類の種類・記号番号
- 確認を行った担当者の氏名・確認日時・確認場所
取引記録(確認記録がどの取引に対応するかを示すもの)
- 確認記録を検索するための事項
- 取引日付・種類
- 売買代金の額
- 財産の移転先・移転元の名義
複数の宅建業者が関与する取引でも、原則としてすべての業者が確認義務を負います。例外として、関与するすべての業者が確認記録を必要に応じて検索できる状態が確保されていれば、一者が確認すれば足りるとされています。ただしこれは例外であり、原則は各自の確認です。
弁護士が代理人として来た場合も、確認記録への記載方法は通常の代理人対応と同様です。顧客本人の本人特定事項、代理人(弁護士)の本人特定事項、委任状の有無など、すべてを漏らさず記録に残しましょう。
国土交通省:犯罪収益移転防止法の概要(宅建業者の義務・是正命令違反の罰則・保存義務の根拠条文)
宅建業者独自の視点:弁護士代理案件で見逃しやすい「実質的支配者の確認」
不動産売買において、買主・売主が法人であり、かつ弁護士が代理人として登場するケースは、企業規模の大きな取引に多く見られます。このような案件では、法人の「実質的支配者」の確認が特に見落とされやすい盲点となっています。
実質的支配者とは、株式会社などで発行済み株式の25%超の議決権を直接または間接に有する個人のことです。間接保有も含まれる点に注意が必要です。
たとえば、A社が不動産を売買する際、A社の株式をB社が30%保有し、さらにBの背後に個人Cが100%出資していれば、Cが実質的支配者にあたります。最終的に「自然人」まで遡って確認しなければならないため、ペーパーカンパニーを挟んだような複雑な株主構成の案件では追加の調査が必要になります。
弁護士が代理人として来ている場合、「先生に全部お任せしている」という法人顧客も多く、実質的支配者の情報が弁護士経由でしか提供されないこともあります。しかし、弁護士から情報提供を受けたとしても、宅建業者は自ら確認書類を受領して記録に残す義務があります。「弁護士から口頭で聞いた」だけでは不十分です。
この確認は意外ですね。「大企業だからペーパー確認は不要」という思い込みも危険です。上場企業のような実在が確実とみなされる法人の場合は実質的支配者の確認が不要になる場合もありますが、上場企業かどうかの判断を誤ると確認漏れになります。
実質的支配者の特定に困ったときは、法人登記簿・定款・株主名簿の提供を求めるとともに、顧客である法人のIR情報(上場企業の場合)も参照するとよいでしょう。
警察庁:犯罪収益移転防止法の概要(令和7年12月2日時点版・代表者等の本人特定事項確認の要件・委任状確認を含む最新情報)

補訂新版 不動産登記申請memo 権利登記編