アスベスト含有調査の義務・基礎から実務対応まで
築年数に関係なく、アスベスト調査を怠ると取引停止・30万円以下の罰金が科される場合があります。
アスベスト含有調査の義務化が生まれた背景と根拠法
アスベスト(石綿)は熱や薬品に強く、かつては「夢の素材」とも呼ばれた建築材料です。1970年代から1990年代にかけて、日本の建物には外壁・屋根・天井・断熱材などへ大量に使われてきました。しかし吸い込むと肺がん・悪性中皮腫を引き起こすことが判明し、2006年に国内での製造・使用が原則禁止されました。
問題は「すでに建っている建物」にあります。今この瞬間も全国に残る建物の多くに、アスベスト含有材が埋め込まれた状態で存在しています。解体や改修の際にこれを見落とすと、飛散した繊維が近隣住民や作業員の体内に入り、数十年後に深刻な健康被害をもたらします。
つまり法律の整備は「健康被害の未然防止」が第一の目的です。
現在、アスベスト含有調査の義務に関係する主な法律は以下の3本です。
- 📌 大気汚染防止法(2022年4月改正施行):一定規模以上の解体・改修工事前に、石綿含有建材の有無を調査し、都道府県等への事前届出を義務付け。調査は「石綿含有建材調査者」の有資格者が担当することが必須。
- 📌 労働安全衛生法・石綿障害予防規則:工事発注者・施工者が建築物等の事前調査を行う義務を明確化。2023年10月以降は一定の建築物について有資格者による調査が必須に。
- 📌 宅地建物取引業法(宅建業法):重要事項説明において、アスベストの使用調査結果の記録がある場合はその内容を説明する義務がある(第35条)。
この3本の法律が「調査する義務」「報告する義務」「説明する義務」として宅建事業従事者を取り巻いています。それぞれの義務が誰に向けられているかを整理するだけで、実務対応の抜け漏れがぐっと減ります。
宅建業法の第35条が条文を確認したい場合は、国土交通省の公式ページが参考になります。
国土交通省:石綿(アスベスト)に関する情報(宅地建物取引業者向け)
アスベスト含有調査の義務が発生する対象建物・工事の条件
「1981年以前の建物だけが対象」という思い込みは危険です。これが実務で最もよく見られる誤解の一つです。
大気汚染防止法の改正後、解体・改修工事を行うすべての建築物・工作物が調査対象となりました。築年数は問いません。1982年以降に建てられた建物であっても、例えば屋根材・天井材・配管の保温材などにアスベスト含有製品が使われているケースが確認されています。「新しい建物だから大丈夫」は根拠のない判断です。
ただし、一部の条件下では有資格者によらない調査も認められています。
- 🔎 床面積の合計が80㎡未満の解体工事(東京ドームのグラウンド面積約13,000㎡の0.6%程度)であっても、「石綿なし」と確認できるまで工事はできない。規模が小さくても免除ではない。
- 🔎 2006年以降に建築確認を受けた建物は「石綿含有建材が使用されていないことが明らか」として、書面確認のみで有資格者による現場調査を省略できる場合がある。
- 🔎 設備の取り替えのみ(建物の解体・改修を伴わない)の工事は対象外となるケースがある。ただし「付帯する壁・天井に触れる工事」が含まれれば対象に戻る。
「省略できる条件」を正しく知ることは、依頼主への不要なコスト負担を防ぐためにも重要です。
実際の省略要件の判断は工事発注者ではなく、調査実施者の専門的判断に委ねられます。宅建事業者としては「対象外です」と断言せず、有資格の調査者に確認を促すのが安全な対応です。省略要件の誤判断は違反に直結します。
アスベスト含有調査の対象・調査方法と有資格者の種類
調査方法は大きく「書面調査」「目視調査」「分析調査」の3段階で構成されます。
まず書面調査では、設計図書・竣工図・使用建材のリストなどをもとに、アスベスト含有建材が使われた可能性を絞り込みます。次に目視調査で建物内外を直接確認し、含有が疑われる箇所を特定します。最後に分析調査で、疑いのある建材からサンプルを採取し、専門機関で石綿繊維の有無を化学的に分析します。
分析調査が必要かどうかは原則です。
書面調査や目視だけで「含有なし」と断定できない場合は分析調査まで進む必要があります。逆に書面で「使用なし」が明らかな場合は目視止まりで済むこともあります。
調査を実施できる有資格者には主に3種類あります。
- 🎓 建築物石綿含有建材調査者(一般・一戸建て等・特定):国土交通省・環境省が認定する民間資格。解体・改修前調査に必須。一般と一戸建て等は調査できる建物の種類が異なる。
- 🎓 石綿作業主任者:労働安全衛生法に基づく国家資格。工事作業の管理が主な役割で、建材調査者資格とは別物。
- 🎓 特定建築物石綿含有建材調査者:面積・用途の大きな建物を調査できる上位資格。マンション・商業ビルなどの取引では必要になることが多い。
宅建取引の現場では「誰が調査したか」「資格の種類は何か」を確認することが書類整備の基本です。
調査報告書に「建築物石綿含有建材調査者証番号」の記載があるかどうかを確認するだけで、書類の信頼性を素早くチェックできます。これは実務での最小限のチェックポイントです。
厚生労働省:石綿(アスベスト)関連疾患・対策情報(石綿障害予防規則の解説を含む)
アスベスト含有調査の義務に違反した場合の罰則と宅建取引への影響
違反の種類によって根拠となる法律と罰則が異なります。整理して把握しておくことが重要です。
- ⚖️ 大気汚染防止法違反(調査・報告義務違反):3か月以下の懲役または30万円以下の罰金(同法第35条)。発注者・施工者の両方が対象になり得る。
- ⚖️ 石綿障害予防規則違反(事前調査の未実施):50万円以下の罰金(労働安全衛生法第120条)。工事発注者が問われるケースも増加している。
- ⚖️ 宅建業法違反(重要事項説明の不備):業務停止処分・宅建士証の返納・指示処分の対象。悪質な場合は免許取消しに至ることもある。
「調査費用をかけたくない」という発想がどれほど高コストになるかが見えてきます。
金銭的な罰則だけでなく、取引停止・免許取消しという「事業継続に直結するリスク」が宅建業者には重くのしかかります。一件の見落としが事務所全体の信用に影響する可能性を忘れてはなりません。
また見落とされがちなポイントとして、「調査結果がない」こと自体を重要事項として説明する義務があります。記録が存在しない場合は「調査が行われていない旨」を明記しなければなりません。「記録がないから書かなくていい」は誤りです。これは違反になります。
さらに2022年の大気汚染防止法改正以降、都道府県による解体工事現場への立入検査が強化されています。実際に摘発事例が増えており、「知らなかった」は免罪符になりません。行政の目が届かないという時代は終わっています。
環境省:石綿(アスベスト)飛散防止対策(大気汚染防止法改正の概要・罰則規定を含む)
宅建事業従事者が実務で使えるアスベスト含有調査の確認フローと落とし穴
知識があっても、実務でフローが定まっていなければ確認漏れは起きます。
取引前に宅建業者が押さえておくべき確認フローを整理すると、次の流れになります。
- ✅ Step1:建物の建築確認年月日を確認 → 2006年以降なら「使用なし」書面確認で省略できる可能性あり。1980年代以前なら含有の可能性が高いと想定。
- ✅ Step2:既存の調査記録・報告書の有無を売主・オーナーに確認 → 書類があれば有資格者の調査者証番号を確認。なければ「未調査」として重説に記載。
- ✅ Step3:解体・大規模改修が予定されているか確認 → 予定がある場合は有資格者による事前調査を発注者(売主または買主)に促す。
- ✅ Step4:重要事項説明書への記載を確認 → 「調査の結果」「調査を行っていない旨」いずれかを必ず記載。空欄はNG。
実務でよく起きる落とし穴は「売主から『調査済みです』と言われて鵜呑みにした」パターンです。口頭の確認では書類の確認にはなりません。必ず調査報告書の現物または写しを取得してください。
もう一つの落とし穴は「リフォーム工事は対象外と思い込む」ことです。床・壁・天井の改修であっても、既存建材を撤去・切断・破砕する作業が伴えば事前調査の義務が生じます。リフォームも対象です。
実務チェックに役立つツールとして、環境省・厚生労働省・国土交通省が共同で発行している「建築物の解体等に係る石綿飛散防止対策マニュアル」があります。調査記録の書式サンプルも含まれているため、書類整備の参考として手元に置くことを勧めます。
環境省:建築物の解体等に係る石綿飛散防止対策マニュアル(調査書式サンプルあり)
一度自社の取引フローに「アスベスト確認ステップ」を組み込んでしまえば、確認漏れのリスクはほぼゼロになります。制度に振り回されず、制度を使いこなす側に立つことが事業継続の安全策です。

