債権の相殺/令和5年の宅建解答解説

債権の相殺

令和5年の宅建問題より。

【問  4 】 AがBに対して貸金債権である甲債権を、BがAに対して貸金債権である乙債権をそれぞれ有している場合において、民法の規定及び判例によれば、次のアからエまでの記述のうち、Aが一方的な意思表示により甲債権と乙債権とを対当額にて相殺できないものを全て掲げたものは、次の 1 から 4 のうちどれか。なお、いずれの債権も相殺を禁止し又は制限する旨の意思表示はされていないものとする。

  • ア 弁済期の定めのない甲債権と、弁済期到来前に、AがBに対して期限の利益を放棄する旨の意思表示をした乙債権
  • イ 弁済期が到来している甲債権と、弁済期の定めのない乙債権
  • ウ 弁済期の定めのない甲債権と、弁済期が到来している乙債権
  • エ 弁済期が到来していない甲債権と、弁済期が到来している乙債権
  1. ア、イ、ウ
  2. イ、ウ
  3. ウ、エ
解答

正解は 4 です。

エの場合のみ、Aは一方的な意思表示により甲債権と乙債権を相殺できません。

民法の規定及び判例によれば、相殺の要件は以下の通りです。

双方の債務が弁済期にある場合、相殺できる(民法505条1項本文)。

Aの債務(Bの有する乙債権)の弁済期が到来していなくても、以下の場合は相殺できる。
(a) Bの債務(Aの有する甲債権)の弁済期が到来している場合(民法505条1項ただし書)。
(b) Bの債務(Aの有する甲債権)の弁済期の定めがない場合(民法505条2項)。

Bの債務(Aの有する甲債権)の弁済期が到来していない場合、Aは相殺できない。

アの場合、甲債権に弁済期の定めがなく、乙債権の期限の利益をAが放棄したので、相殺できる。
イの場合、甲債権の弁済期が到来しており、乙債権に弁済期の定めがないので、相殺できる。
ウの場合、甲債権に弁済期の定めがなく、乙債権の弁済期が到来しているので、相殺できる。
エの場合、甲債権の弁済期が到来しておらず、乙債権の弁済期が到来しているが、Aは相殺できない。

よって、Aが一方的な意思表示により相殺できないのはエのみであり、正解は 4 です。

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民法における相殺の禁止や制限について

民法における相殺の禁止や制限については、主に以下のような規定があります。

相殺制限特約(民法505条2項)
当事者が相殺を禁止・制限する旨の意思表示をした場合、その意思表示は第三者が悪意または重過失の場合に限り、第三者に対抗できる。
つまり、善意・無重過失の第三者には相殺制限の合意を対抗できず、相殺が可能となる。

不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止(民法509条)
(1) 悪意による不法行為に基づく損害賠償債務の債務者は、相殺で債権者に対抗できない。
(2) 人の生命・身体の侵害による損害賠償債務の債務者も、不法行為・債務不履行を問わず、相殺で債権者に対抗できない。
ただし、債権者がその債権を他人から譲り受けた場合は相殺可能。

差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止(民法511条)
差押え後に取得した債権による相殺は、差押債権者に対抗できない。
ただし、差押え前の原因に基づいて生じた債権による相殺は対抗可能。

差押禁止債権を受働債権とする相殺の禁止(民法510条)
差押禁止債権(扶養料、給与・年金の一定割合等)の債務者は、相殺で債権者に対抗できない。

以上のように、民法上、一定の場合に相殺が禁止・制限されています。これらは、不当な相殺による被害者の保護や、差押債権者の利益保護等を目的とした規定と言えます。

相殺禁止特約を締結する方法

相殺禁止特約を締結する主な方法は以下の2つです。

個別の契約書に相殺禁止条項を盛り込む方法

当事者間で締結する個別の契約書(売買契約書、賃貸借契約書など)の中に、「本契約に基づく債権債務について、相手方の承諾なく相殺することはできない」といった相殺を禁止する条項を盛り込む方法です。

このように個別の契約ごとに相殺禁止の合意をすることで、その契約から生じる債権債務については相殺が制限されることになります。

基本契約書で包括的に相殺を禁止する方法

継続的な取引関係にある当事者間で、個別の契約に先立って基本契約書を締結し、その中で「当事者間の取引から生じるいかなる債権債務についても、相手方の承諾なく相殺してはならない」といった包括的な相殺禁止条項を盛り込む方法です。

このように基本契約書で包括的に相殺禁止の合意をしておけば、その後に締結される個別契約から生じる債権債務についても、一律に相殺が制限されることになります。

いずれの方法をとるにせよ、相殺禁止特約の存在を第三者に対抗するためには、第三者が悪意または重過失であることが必要とされています(民法505条2項)。

したがって、相殺禁止特約の効力を広く第三者に及ぼすためには、契約書における特約条項を明確に定めるとともに、取引の際に相手方に対して特約の存在を十分に説明しておくことが重要といえます。